小料理『クラウル』
趣味回です
「悪いが、まだやってねぇよ。あと1時間ほどしたらって、ハルカじゃねぇか。」
店の厨房から声がかかる。聞き方によってはぶっきらぼうに聞こえるが、声の主を知る者は平素から変わらぬ対応だと理解しておりハルカもその一人であった。
「まだ店が開くまで時間があるんだろう。せっかく女性が来たんだから、歓迎して一指しどう?」
と言って右手でなにかをつまむ仕草をする。
「おまえね。ここがなんの店か知ってて言ってる?料理屋だよ料理屋!将棋がしたいなら詰め所でも、集会所でも行けばいいだろう!」
ハルカの返答に怒るように返して厨房から出てきたのは、年の頃なら20くらいの黒髪で中肉中背、顔もこれといった特徴のない青年だった。手拭きで手を拭きながら、ウンザリとしたように
「赤の副長ならお相手にもこと欠かないでしょうに、しがない一般の小市民捕まえて将棋を指すってのもどうっすかね。」
皮肉るように答えると、
「ほうぅ!しがない一般の小市民は将棋で赤の副長相手に、『未だ負けずに』指し続けることが、出来るのか。この場合は赤の副長が弱いのか、それとも、相手がとても強いのかにわかれるでしょう?」
「たぶん、前者だな。」「うるさい!詰め所でも、集会所でも副長に~ってわけで手を抜かれて、接待将棋されるのがわかると悲しいんだから!」
「そこで俺に完全勝利されたら、立場がないわな。」
「うっ!でも全力で迎ってくるねはラウルだけだし、それに毎回知らない陣形だから、負けるのも楽しいし。」
ラウルと呼ばれた青年は微笑みを浮かべ、黙って入口を指差し、
「お帰りはあちらでゴザイマス。うちは料理を売るのであって、変態はオコトワリデス。」「それは言葉のアヤっていうか、ラウルとの勝負が楽しいのは本当よ。負けて悔しい気持ちもあるけど、面白いが本音だってば!だから、開店まで指しましょうよ。賭はいつものでいいから!」ラウルは諦めにも似たため息を突くと、
「わかったよ。いつもの中盤でいいな。取ってくるから、適当に座っておけ。」
とハルカに告げると、店の奥に将棋盤を取りに行った。