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第005話 見世物

「ん? なんだ?」


 目が覚めたら、なんだか辺りが騒がしい。


 僕が寝ている座敷の庭に面している雨戸の向こうから、ざわざわとした多数の人の気配を感じる。デバイスの機能で索敵してみたところ、敵対勢力ではないようだが、庭、そしてこの家の僕が寝ている部屋をぐるりと囲んだ、八十個程の青い丸に困惑した。これが赤い丸だったら僕の命を狙ってると判断すべき状態だが……。


「なっなんで?」


 困惑しながらも、昨日の騒ぎを思い出して、なんとなく納得する。


 昨日、僕を触りまくった人や見てた人が家に帰って、僕の事を家族や友達に話したんだろう。それで、皆こぞって見に来たって考えれば、納得が行く。いや、ホントに帰ってほしい。僕は見せもんじゃないよ!


 布団の上で、頭を抱えているとふすまから声が掛けられた。


「歌舞伎者さん、歌舞伎者さん。おきなすったかー? それともまだ寝とるかのー?」


 おじいさんだ。


「あっ、今目が覚めました」


「そーかー。ちょっとお邪魔するでー」


 そういって襖を開けるおじいさん。その後に続いて入ってくるおばあさん。更にその後に――誰?


 昨日見掛けなかった子供たちが、それに続いて入ってこようとする。


「これ! あんたらはそこで待っときなさい!」


「はーい」


 と、いかにも渋々と言った感じの声で子供たちが返事をした。


 それにしても、一体何が起こってるのか、おじいさんたちに確認を取らないとな……。


「おじいさん、これは一体何が起こってるんですか?」


「ほぅじゃほぅじゃ、そんことで話があって来たんべ」


 はぁ? と曖昧に頷く僕。


「実はなあ、昨日、ここーで歌舞伎者さんの事を見たやつらーが、家でその事を話したみてーでなぁ。日が昇ったら直ぐにこうして集まってきてしもうたんじゃ」


 日が昇ったらって、気が早いにも程があるな! と思いつつデバイスで今の時間を確認するとそこには、十三時十二分と表示されていた。


 ちょいちょいちょーい! 今昼過ぎ!?


 ちゅうか日が昇って直ぐって半日も外で待ってんの? なにやってんの!


 僕が驚きの余り、目を見開いて固まっていると、おじいさんは、うんうんと頷いて


「じゃからー、歌舞伎者さんの得意な舞台でも披露してもらうかと思って準備しとったんだわー」


 ん? 舞台? 披露? このおじいさんは何を言ってるんだ?


「おじいさん、舞台とは?」


「舞台ゆうたら、舞台だでー」


 そりゃそうなんだけどさ……、と思いつつおばあさんの方に顔を向けると


「大江戸でやってるってゆう、舞台を見せてもらおう思ってなー、すごいんじゃろー? 歌舞伎者さんの舞台は!」


 舞台……。


 こっこれは、えらい勘違いが進んでいるのではなかろうか!


 僕の記憶では、歌舞伎者と歌舞伎は全然別物だったんだけど……。


 この村の人たちは一つの物として認識してるみたいだな……。


「あのー。ちなみに、おじいさんやおばあさんが思ってる舞台ではどんなことするんですか?」


「そらーあんた。びっくりさせてくれたり綺麗じゃったりするんじゃ!」


 びっくりと綺麗? 僕の記憶の歌舞伎者とも歌舞伎ともなんか違うぞ……。


 でも一つだけ分かってる事がある。


 それは今、僕がピンチだって事。なんでこんな事になってしまったんだ!


「ええかのー? みせてもろーても」


 首を傾げて、こちらを見てくるおじいさん。


「もしかして、ご迷惑じゃったかのお?」


 心配そうに見てくるおばあさん。


 んぎぎぎぎぎぎぎ! こっ断れない!


 前に出れない上に、断るのも苦手な日本人! それに、普段なら断れる様な内容でも、一晩泊めてもらった恩があるからな……。


 ……。


 …………。


 ………………。


「ッ! やりましょうっ!」


 そう言って、すくっと立ち上がった。こうなりゃ自棄やけだ。


 そして、おばあさんに声を掛ける。


「おばあさん、お酒はありますか? 強めのやつ!」


「あんれー! やってくださるのけー! お酒お酒!」


 やると言った僕の言葉が意外だったのか、驚いた表情をした後に、気を取り直してお酒お酒と言いながらおばあさんは、部屋を出て行った。


「やっぱのー! あんたならやってくれるーおもーてたわ! 楽しみじゃのー! 皆もよろこぶでー」


 相変わらず楽しそうに笑うおじいさんだ。


 そんな会話をしていると、部屋を出て行ったおばあさんが戻ってきた。


 デカい丼にお酒が並々と入っている。また、たっぷり持ってきましたねおばあさん! いや、頼んだのは僕ですけどね。


「酒ゆうたら、これでええかのー?」


「はい!」


 そう返事をして、一気にそのお酒を呷った。


 そして、庭へと続く障子と雨戸を両手でスパーンと開け放ち、縁側へ躍り出て叫んだ。


「僕の実力みせたらああああああぁぁぁぁぁ!! ガオーーーーーー!」


「おおおおぉぉぉぉぉ!」


「おぉ! 本物の獣みたいじゃー!」


「待ってましたー!」


「すごーい」


「ねぇあれわんこ? あれわんこ?」


 僕の宣言に続いて歓声が上がり、皆が楽しみにしていたという気持ちが伝わってくる。


 僕も勢い余って、ライオンの咆哮を上げてしまった。泣いた子供がいないのが幸いだが。僕は犬ではない。犬ではないんだよ。


 ぼかーライオンだ。百獣の王なんらぞぅー。あら? 呂律が……。


「よっしゃー! いくぞーぅ! まずは僕をよーく、ご覧くらさい!」


 じー。


 村人ほぼ全員の視線が、僕に集まる。らいじょうぶ! 酔っ払いに怖いもんらんてらい!


 いくろー。


「展開ッ! 選択変身 【龍のお面】」


 一瞬にして、人間ベースの龍に変身した。


 身体は鱗に覆われ。色は緑。ヒゲと尻尾も生えている。


「おおおおおぉぉぉ!」


「あっという間に、姿が変わったぞ!」


「すごいすごい!」


「やっぱ大江戸の歌舞伎者はちがうなー! 大江戸行ったことねぇけど」


「あたしゃ、歌舞伎を見たのも初めてだよ! やっぱりすごいねぇ!」


「ねぇあれわんこ? あれわんこ?」


 ライオンから龍へ変身した事で、村人たちは大喜びだ。言っておくがそこの君! 僕は犬ではない。犬ではないんだよ!


「さあさあ、皆さん今度はー」


 そう言ってから肺に空気を吸い込む。そして――


「燃え上がれ ドラゴンブレス!」


 その掛け声と共に、僕は口から空へ向けて炎を吐き出した。


「うわぁああああ!」


「口から火を吹いてる!」


「凄い! 凄いぞ!」


「熱くないのかなー」


「こっちまで熱が伝わってくるんだから、熱いに決まってるだろう! 根性で我慢してるんだよ! 役者魂ってやつだ!」


「そうなのか! すげー!」


「ねぇあれわんこ? あれわんこ?」


 肺の中の空気が無くなって、徐々に小さくなっていく炎。君ってやつは、まだ僕を犬と言うのかい! まったくっ。


「では、皆さんいよいよ最後となります!」


「えぇえええええええ!」


「もっとみたーーーーーい!」


「こんな楽しい物いくらでも見れるぞい!」


「そうね! 徹夜だって平気だわ!」


「ぼくも徹夜するー」


「わたしもー」


 いやいや、あんたらが平気でも、僕が平気じゃないってんだよ。それに、酔いが徐々に醒めて来て、シラフに戻りつつある。どんどん緊張してきたんだ。そろそろお開きにしたい……。


 なので、お客さんの意見を、オールスルーして行く。


「最後はこちら! 展開ッ! 選択変身! 【象のお面】」


「おおおおおぉぉぉ!」


「鼻が伸びたぞ!」


「ながーい」


「耳も大きくなって垂れ下がってるわ!」


「体格も大きくなったな!」


「肌がごわごわー」


「短い尻尾がピコピコ動いてるぞ!」


「ねぇあれ、わんこ?」


 おぉ、やっと犬じゃないかもしれないと疑問を持ったかそこの君! その目にしっかりと刻み付けるがいい!


「優しく降り注げ ノーズシャワー」


 空に向かって鼻から噴水の様に吹き上がった水が、優しい雨となって降り注ぐ。太陽に反射して虹が出来た。どうだ! こんな事出来る犬、どこを探したっていやしないぞ!


「おぉ! 雨じゃ!」


「雨が降ってきた!」


「こんなに大量の水を鼻から出すなんて、大江戸の歌舞伎者さんは驚かせてくれるぜ!」


「すごーい!」


「虹だ!」


「きれーかねぇ」


「おかあしゃん。あれ、わんこじゃないねぇ。おかぜ引いてる。鼻水たくしゃんだしてるよぅ」


 ちゃいます! 鼻水じゃないです! やっと犬じゃないと認めたと思ったら、最後にとんでもない事、言ったな!


 こんなに沢山鼻水出るかい! 想像したら怖くなってくるわ!


「それでは皆さん、これにてお開き、ごきげんよーぅ」


 そう言いつつお辞儀をすると、村人から歓声が上がり、御ひねりとお餅が沢山部屋に投げ込まれた。どうも、どうもどうも、あっどうも、ありがとうって痛て! 誰だ、お金を僕の大事な所にぶつけた奴は! しかし無一文の僕としてはお金は欲しい。


 良いだろう! 許そう! さあ、存分に僕の身体に御捻りをぶつけるがよい! わははははー。 両手を広げて立つ僕に御ひねりが多数ぶつかる。うん痛い。 大事な所ばかり狙って投げてるアホたれが多数いると見た。若干僕が内またになってしまうのも仕方がないだろう。後あれだ……。なんだか心が痛い。


 もう、そろそろ良いだろうと後ろに下がり、両手で雨戸を閉めた。


「つっ疲れた……」


 そのまま布団へ倒れこんだ。


 起き抜けに何てことさせるんだ……。


「いんやー、すごかったー! ほんに歌舞伎役者さんのお酒の飲みっぷり、すごかったなー」


「んだなー」


 一番印象に残ったのがそれ!?


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