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第002話 出社

 変身前なら一分で走って来れる距離を五分も掛けて辿り着いた。ふぅ、もう一仕事終えたような達成感がある。


 どれどれ、どんな風に燃えてるのかな? アパートの影からひょこっと顔を覗けてみれば、おおぅ、結構な勢いで裏山が燃えていた。思ってたより大分酷い……。


 見れば僕よりも先に山火事に気付いたアパートの住人が、バケツリレーで火を消し止めようと必死になっている。え!? ちょっ大家さん! お玉で水掛けるぐらいなら下がってて! 危ないって! せめて丼で水掛けて!


 御年百二十二歳の大家さんの消火スタイルに驚いたが、人は誰しも慌ててとった咄嗟の行動は後に落ち着いて考えてみれば、笑ってしまえる様な事がある。だからあえて、大家さんが左手に握っているバナナの事は追及しない。家を出る時に咄嗟に掴んでしまったのだろう。


 バナナ……か。と虚空を見つめながらどうでも良い事を考えていると、燃えてる木々の更に奥の方で戦闘が行われてる様な音が聞こえて来た。が! 今はそれどころではない。僕のアパートを――、パソコンを守るのが先だ!


 アパートの住人に下がれ! と声を掛けて、グッと鼻に力を入れて、その力を解放しつつ叫ぶ。


「静まれ! ノーズレイン!(鼻水じゃないよ)」


 掛け声と共に僕の鼻先から勢い良く水が放たれ、裏山の燃え盛る炎をみるみる消し止めていった。ふぅ、これで僕のパソコンは守られた、アパートに火が燃え移って消防車が水を掛けて消火したらパソコンのデータが飛んじゃうもんね!


 それを見ていたバケツで消火活動をしていたアパートの住人から僕へと拍手が送られた。その中でも一際大きな声で伝えられる感謝の声の方へと視線をやると僕の隣の部屋の田丸さんだった。


「僕の彼女を守ってくれてありがとおおぉぉ!」


 いや、知らん知らん。あんたの言ってる彼女は部屋に並べてる魔法中学生のフィギュアだろうが! 夜中にキャラの名前を叫ぶのは止めてほしいんだよな。一体何してんだか。まぁ今の僕の姿では自分の部屋の隣人だとは気づいていないみたいだし、鼻を振って感謝の声に応えた後で先程から続く戦闘音の方へと駆け出した。


 時折耳をばたつかせて空を飛びながら燃え残りが燻る山を進んで行く。飛んだ方が断然早かった。


「おっ? ありゃあグリーンか? 向こうの仕事をさっさと片付けてこっちを手伝いに来てくれたのか。出来る男っていうのは、ああいうやつの事をいうんだろねー。なんで僕レッドやってんだろな」


 何故か変身せずに戦っているグリーンを見つけた。しかし良く働く男だ。僕がレッドをしている事が不思議に思えてくる。 


 戦闘の邪魔をする訳にはいかないので、グリーンの視界に入るようにして近づいて行った。


 それにグリーンも気がついた様だ。こちらに向かって、よう! レッドと声を掛けてきた。


 驚いたのは怪人だ。後ろにも敵がきたのかと、わたわたしながらこちらへと振り向いた。うん、動きが遅い。この怪人、トドみたいな格好してるし、動きがのたのたしてる。


 僕の姿を視界に収めた怪人が驚いていた。見た目からして仲間だと思ったかもしれない。耳がデカい垂れ耳で肌がゴツゴツで鼻が異様に長い生き物を見たわけだからね。


 正気に戻った怪人が、嬉しそうに僕に何か話しかけてきている。が、いかんせん僕は怪人語を習得していない。それがあるのかどうかもわからないが、きっとあるのだろう。


 一生懸命、僕に話しかけてきていた怪人の後ろでグリーンが動いた。


「展開! ここはコレだな、選択変身!」


 いきなり喋りだしたグリーンに怪人はまた驚いて、わたわたと体を動かして後ろのグリーンの姿を確認した。そこには、二足歩行の頭に角が二本ある肌が黒光りする生き物が佇んでいた。


「ほぅ、クワガタか」


「詳しく言うと、オオクワガタだぜレッド!」


 いきなり自分の親戚の様な生き物が二体も目の前に現れた怪人は、嬉しそうにグリーンにも話しかけたが、やはり怪人語、なんて言ってるかわからない。


 それにレッドへと詳しい説明をした後にグリーンは羽を羽ばたかせ加速し怪人と接触、そしてなんの抵抗もなく通過した。


 誰も動かない。そんな時間が流れた後に、怪人の体がゆらりと前のめり傾き地面に突っ伏した途端に、大きな爆発が起こった。


「あーあ、これ僕来る必要なかったんじゃない? でもまぁお疲れさん」


「いや、山火事を消火してくれたのは助かったわー」


 ニカッと笑って答えたグリーン。


「そうか、それなら良かったよ。さて今度こそ僕は帰宅させてもらうよ」


 グリーンと少し話をして、僕は変身を解いて自分のアパートへと帰ってきた。


 殆ど活躍するシーンはなかったけど、時間外特別手当もでることだし、まあいいや。買ってきた第三ビールを飲みながら映画を見て寝落ちした。




 〇 〇 〇 〇




 次の日、目覚ましの音で目が覚めた。毎日決まった時間に起きて決まった時間に帰る。飯の為とは言え、割り切れるのが大人と言うならば、未だに反抗したくなる気持ちがある僕は、まだまだ子供ということだろう。もう三十路なんだがな……。


 そういった事から、僕は世の中のお父さん方を尊敬している。僕にはとても真似できない。我慢に我慢を重ねた人生。僕だったらストレスで発狂してしまうだろう。


 その点、僕の仕事は怪人を倒すことだ。ある程度のストレス発散にはなっている。


 どこから現れるのか、いきなりひょっこり出てくる怪人たち。出てくる場所に制限はない。となればヒーローも一人や二人では足らない。


 日本だけで言っても、僕たち被物戦隊お面ジャー以外にも二百以上のヒーローや戦隊が日々怪人と戦っている。


 毎日毎日襲ってくる怪人たち。僅かな救いと言えば日本に現れる怪人は天然の怪人が何故か多いと言う事だろうか。


 先ほどの怪人もそうだが、少し目を離した隙に姿が変わっただけのグリーンに対して警戒心がなさすぎる。最後のやられ方を見て、逆に怪人が可哀想になってくる人もいるだろう。僕も少し可愛そうだと思ったさ。まだ、話してる途中だよってね。


 もう少し警戒心を持とうよと言ってあげたかった、言葉が通じるのならばだが。少し考えれば分かりそうなものだが、さっきまでいたグリーンが消えて他の黒光りする生き物が現れた、じゃあさっきまでいたグリーンは何処へ行ったんだってな。


 まぁ、それが分からないからこそ天然っていうかさ。怪人も可愛いところあるなって話なんだけどさ。


 あ、言い忘れてたけど、可愛いのはその天然ぷりであって外見は全然可愛くないんだ。さっきのトドに似た怪人も、涎ダラダラ垂らしてたしね。そんなんで笑顔で話しかけられても怖ぇよ。


 そんな事を考えながらシャワーを浴びて、朝食は取らずに会社へと向かう。



 〇 〇 〇 〇



 辿り着いたのは、寂れた商店街の中の路地裏だ。ここに一台の古い公衆電話ボックスがある。そうだ、これに乗って地下の秘密基地……いや、会社へと向かうんだ。つい秘密基地と言ってしまいたくなる。男のロマン……わかるかなー。


 電話ボックスの中へ入って受話器を耳に当てて、デバイスを左腕に装着したまま、電話機側面の凹みにハメる。そして、ジーコジーコと今では滅多に見掛けなくなったダイヤルを回す。毎日地味に左腕がつりそうになる。もっと良い本人確認の方法があるだろうに……。会社に関係ない人がこの電話を使った場合、現在使用出来ませんと故障している風なアナウンスが流れる仕様になっている。


 受話器の向こうから無機質な機械の音声が流れてきた。


「被物戦隊お面ジャーのお面レッドさん、確認が取れました。どうぞお入りください」


 それっきり音声は途絶えたので私は受話器を置いた。置いた途端に電話ボックスの内部が地下へと下がっていく。いかにも秘密基地だろう? でも会社だ。


「麗美ちゃんおはよう」


 地下に降りきった視界の先にはロビーが広がっていてカウンターには一人の女性が座っている。ニコニコとこちらを見ている今日も綺麗な麗美ちゃんに声をかける。長髪スレンダーな26歳だったと記憶している。


「おはようございます、お面レッドさん。今川オペレーターから伝言を預かっています。レッドさんが出勤したら司令室まで来るようにとの事です」


「あー、昨日の事かな? 了解した」


 右手を挙げて麗美ちゃんに了解の合図を送ってその場を後にする。


 廊下の突き当たりの地面に両足を揃えてある足型マークがあり、その上に立つと全方位から赤いライトが僕を照らす。これで本人かどうか確認してるらしい。詳しいことは知らないけどね。


「認証完了しました、第二ゲートオープン。被物戦隊お面ジャーのお面レッドさん今日も一日頑張りましょう」


 本心では頑張りたくないなあと思ってはいたが、頑張りましょうねーと無機質な機械音声に返事を返しておいた。意味なんかない。返事もない。


 そこからさっさと自分の机に向かう。この会社で働くヒーローは一週間に一度、いつでもいいので会社に顔を出さねばならない決まりがある。まぁ生存確認ってやつだ。以前あまりにも顔を出さないので捜索してみたら怪人にやられてしまっていた、なんて事があったらしい。


 いつの時代の話だよと聞きたくなるが、雇われてる身としては従っておくしかない。デバイスがあるので今となっては顔を出す必要は感じられないけどね。


 会社に顔を出した証拠として、昔の時代にもあったようなタイムカードを押す。この辺も何か他の方法に変えれるだろうに……と思う。


 さて、帰るか。


 今川の奴に捕まったら面倒だもんな。話長いんだもん。


 

 〇 〇 〇 〇



「……遅いですね。レッドさんはまだなんでしょうか。麗美さんが伝言を伝えてくれたと連絡があったのが三十分以上前ですから、もういい加減こちらへ顔を出しても良いと思うのですが、どこに寄り道してるんでしょうか。……ちょっとロビーの麗美さんに確認を取ってみましょう」


「はい、何か御用でしょうか」


 スピーカーから麗美さんの声が聞こえてくる。


「麗美さん、お面レッドさんは今、社内の何処にいるのかわかりますか?」


「え? レッドさんですか? レッドさんなら三十分程前に会社から出て行かれましたけど? 今川さんの用事が延期になったとかで、いつもの外回り、パトロールに行ってくるとおっしゃってました」


「あのやろぉおおおおおおお!」



 〇 〇 〇 〇



 ブルッ。


 おぉ、今なんかブルッときたな。風邪かなぁ? それか誰かが僕の噂でも……ハクショーイ! ズビビビビ。


 あ゛ー、悪化する前に喫茶店で温かいコーヒーでも飲も。


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