決意
戻れなかった。もう、どこにも行けなかった。期待されてたのに。自分の両親からも、旦那の両親からも。でも、生まれた子は死んでた。悲しかった、苦しかった、周りの目が痛かった。もちろん、「辛かったね」って言ってくれる人はいた。いろんな人が、旦那も姑もみんなが、抱きしめてくれた。辛かったね、よく頑張ったねって。
でも、それでもあたしは自分が許せなかった。たくさんの人の期待を裏切った自分が許せなかった。お腹の中で赤ちゃんが死んだことに気づかないままでいたのが許せなかった。死んでたのに、男の子が生まれるといいな、なんて旦那と笑いあって、幸せいっぱいに過ごしてた自分が許せなかった。
「離婚したい、って言い出したのはあたしだったの」
頭にのっていたアンの手は、もう肩にまでおりていて。ぎゅっと服を握られる。
「耐えられなかった。決して、旦那は悪くない。同居してたお義母さんもお義父さんも、誰も悪くない。ただ、自分で自分を許せなかったの。ここに居たらまた、誰かを泣かせてしまうんじゃないかって、がっかりさせてしまうんじゃないかって思って、それが怖くて家を出たの」
私の服をつかみ震える手に、そっと自分の手のひらを重ねる。
「自分の家にだって、戻れなかった」
そこでわっと泣き出して私の肩に顔をうずめるアンの頭を、ぎゅっと抱きしめる。
そんな辛い過去を背負って、今まで元気に生きてきて、辛くても私に笑顔を向けて一緒に仕事してくれたアンに、泣いてほしかった。ここで泣いて、すこしでもすっきりしてほしくなった。
ゆっくりと背中をさすっていたら、アンはそっと顔を上げた。
「あたしはどこにも戻れなくて、結局ここに来た。ラナにとっての帰る場所は、きっとリュートの傍だったんだよ」
その声はあたたかく、私もじんわりと涙があふれた。
ねぇ、ラナ。
あなたは敵だったけど、私のことを好いていてくれたのかな。心を許してくれていたのかな。私は、ラナに認めてもらえるくらい、価値のある人間だったかな。
遺体を埋めた場所に、そっと手をあわせる。
ラナの遺体の横にもう一つ穴を掘って、父が出国前にくれた短刀を埋めた。
私に帰る場所はない。アンと同じ。私はもう、国に帰ってもいけないし、連絡もできればとらない方がいいだろう。売った娘の、もう帰ってこない娘の便りほど、親にとって辛いものはない。死んでいないのに会えないなんて。その思いで私はどれだけ、両親を苦しめてきたのだろうか。
自分が中途半端でいたから、知らず知らずのうちに母国や王を恨んだり、自分がいなければいいなんてばかなことを考えたりしてしまったけれど。
もう、それはおしまい。これからは母国にすがらないし、異国だろうと自分の力だけで生きてみせる。
決意を胸に、短刀に砂をかけた。父がこれにどれだけお金をかけてくれたか、それを考えるだけでも心苦しいけれど。
もうこれは、いらない。ちゃんと自分にここでの居場所を作ってあげるんだ。母国を懐かしむのは、そのあとだ。
リュートの中でそっと龍が封印された。




