憎悪
「起きな」
低い声に目を開ければ、鬼の形相と言っても過言ではない顔をしたレイチェルさんがいた。
髪をつかみあげられ、体を起こされる。髪が引きちぎられる痛みと、倒れた時の打撲の痛みで、意識がふっと覚醒する。
「いたい…」
小さくつぶやけば、レイチェルさんはきっと私を睨み付けた。
「これから、痛くなくなるからね」
ぞっとするほど優しく、憎しみのこもった声だった。
そのあと、おそらくレイチェルさんの気がすむまで殴られた。一息ついて私を見下ろすレイチェルさんの瞳は恐ろしいほど冷たく、ぽきりと関節を鳴らした指はまだまだ物足りなそうだった。
「さぁ」
ピンク色のきれいな唇が、ゆっくりと弧を描く。しかし、その唇からはそれ以上、何の言葉も生まれなかった。
無言で私は椅子に座らせられ、縄をかけられる。椅子に座るときは髪をつかまれて乱暴に床から引き揚げられ、縄をかけるときには痣になった部分に縄が食い込み、嫌と言うほど痛い思いをした。
やっとのことで満足したらしいレイチェルさんは、私が逃げられないのをじっくりと確認してから部屋を出る。
安心したのもつかの間、
「っわ」
ぺろりを足首を何かに舐められた。
「血が出ている」
ラナがそういい、傷口を舐める。猫であるラナの舌はざらざらとしていて、どうも傷口に引っかかり痛かった。
けれど、気遣ってくれているのはわかる。無言でなされるままにしていれば、血を舐めるのに飽きたのか、ラナが座り直し、ぺろりと一度、顔をなでた。
「それにしてもこわいねぇ」
ラナが言う。
「あたしだって、ここまでレニアが狂ってるとは、思いもしなかったよ」
淡々と、でもだからこそ恐怖が募るその声。
敵でありながら私を気遣い、やさしくしてくれるラナに、不安も恐怖も何もかもをぶちまけたい気もした。けれど、すんでのところで言葉を飲み込む。
こんなところで弱音を吐いてしまってはダメだ。
せっかくおとりを引き受けたのに、助けに来なくていい、死なせてくれればいいと思ったのに。
崖っぷちで変えたくなるような決心など、本物ではない。
私は本物の決心をした。それが見栄でもいい、意地でもいい。ただ、本物の決心をした証拠が欲しい。誰の心でもなく、自分の胸に。




