対面
ドアノブについたベルに触れると、それはとても落ち着く綺麗な音色を奏でた。
「はい」
ドアから、女性が顔を出す。
豊かな茶髪を右肩に垂らし、くたびれたエプロンを纏う姿は、なんだか女神様に見えた。
「あの」
咄嗟に言葉が出ず、もじもじしている私を見て、女性は静かに笑う。
「いらっしゃい。貴女のことは、知っているわ」
深く意味も考えず、その言葉に頷いてしまった私は、今思えば大バカ者だ。
蝋燭の灯りの中、女性は静かに笑っている。穏やかな沈黙にいたたまれず、私は恐る恐る口を開いた。
「あの」
あなたは誰ですか、という言葉が続かない。なぜだろう、この人を覚えているような気がしてならない。
初対面の人に「覚えている」だなんておかしいけれど、知っているというよりは覚えていると言う方がしっくりくる。
居心地の悪い沈黙が、もう一度私を襲った。
「あたしは、レ二ア。この家に住んでいるの。貴女は、りゅう、というのよね」
戸惑う私の表情を読み取ったのか、女性が先に話しかけてくれる。レ二アという女性の優しい声は、何だか私をひどく安心させた。
「私、リュートです」
一つ、訂正を加えると、
「あら」
と、レニアさんは手を口元へ持って行った。そんなおっとりとした仕草が、この人にはよく似合う。
「ごめんなさい、リュート」
眉を下げて申し訳なさそうにするレニアさんに、私はふふっと笑った。
しばらく二人でまったりとした時間を過ごした。レニアさんが一方的にしゃべってくれ、途中ハッとした顔になっては
「ごめんなさい、しゃべり過ぎたわ。いつも人がいないから、嬉しくて」
と言って謝った。私はそのたびに、小さく笑う。レニアさんのおちゃめな様子や子供っぽい仕草が可愛らしくて。
温かいコーヒーを一口飲み、意を決して私は口を開く。
「王子を知りませんか?」
今思えば、何で軽々しくこんなことを聞いてしまったのか、と後悔しかしていない。
この言葉さえなければ、王子は安全だったのに。私も楽だったのに。そもそも、主人を探すための旅なのに、他人に頼るなんて、間違っている。
あーあ、私はいつの間にここまで堕ちてしまったのか。
自分を下卑するような言葉しか、そのときの私にはいらなかった。




