思案
何がいけなかったのだろう。
そりゃ、熱を出して情緒不安定なのかもしれない。風邪のせいでいつもより声が低かったから、そんな風に聞こえたのかもしれない。
けれど、あんな言い方しなくてもいいじゃないか。まるで、私を拒絶するような、やられたことが不愉快だったとでも言うような。
そこまで考えて、頬が熱くなっている事に気付いた。
頭に血が上ったのか、真っ赤になっているであろう頬を目からこぼれおちる雫が冷やしていく。
泣いたのは、この国に来て初めてだ。
いつもいつも、私は幸せなんだと思い込んで、辛いことも胸にしまっていた。泣いたら負けそうで、うざがられそうで、解雇されそうで、それがどうしようもなく怖かったのだ。
人として扱われていないかもしれない同じ国の同世代の人に『なんだ、そんなことで』って言われないように、いつも気を張っていたのだ。
その疲れが出たのか。
いや、疲れなんて理由にならない。
こんな些細なことで泣いてしまうなんて、私らしくない。もっと苦しい生活を経験しているはずなのに、なんで涙が止まらないんだろう。
ひっくひっくと、いつのまにか声が出てしまっていた。立ちあがって部屋にでも逃げ込んでしまいたいけれど、そんなことしたら本当に解雇されてしまう。かといって、このままアンの元へ行っても、心配されるだけだろう。
どうしようかとうまく回らない頭で思案していると、目の前をスッと黄金が通った。
顔をあげれば、ミンフィスの静かな瞳とぶつかる。その瞳は、氷ついたかのように静かで、それでいてどこか温かかった。
ミンフィスはついて来いとでも言うかのように、颯爽と庭への道を歩き出す。
ああ、そうか。
ミンフィスは知っているのだ。私が苦しみを抱えていたことも、疲れていたことも、考えて行き詰ったことも。そして、心配してくれているのだ。
ミンフィスの監督をしていたと言えば、他の仕事を放り出して泣いていても解雇されることはない。
ミンフィスはそのために自分を利用しても良いと伝えてくれている。
自由に泣ける場所を、提供してやる。
大きな背中が、そう言っているように見えた。