風邪
「王子、お粥できました」
再度部屋に入り王子に呼び掛けると、王子が熱っぽい潤んだ瞳を私に向けた。
「食えそうに、ない」
大分息が荒く、とても苦しそうだ。今ご飯を食べなかったら、弱って死んでしまう。
それを見て、昔、妹はただの熱で死にかけたことを思い出した。
あのときは、家じゅうのお金をかき集めて、医者に駆け込んだっけ。
この国の人は豊かだから多少は耐えられるのかもしれない。でも、
「今食べないと、死んじゃいますよ」
そっとスプーンでお粥を掬い、口元に持っていく。けれど、王子は口を開こうとはしない。
「王子」
そっと促がしても、王子は目で訴えてくる。今は食べられないんだ、と言われているような気がする。いや、実際そう思っているのだろう。
どうしようかとさまようスプーンを目にとめ、ふと思い出した。
妹が熱をだしたとき、私はよく"あれ"をやっていたじゃないか。
私はスプーンを自分の口元に持っていく。
「王子が食べないのなら、食べちゃいますよ」
とびっきりの笑顔で言うと、王子は驚いたのか少し口を開いた。その隙を狙って、王子の口の中にスプーンを滑り込ませた。
私の早業に驚いてか、王子はあっけにとられていて何も言わない。
よく妹にやっていた手口。
子供っぽい妹は、私にお粥を食べられると思うと口を開く。
「お姉ちゃんが食べるなら、あたしも食べる」
妹の声を思い出し、ふいに涙が出そうになった。
ニコニコと笑いながら、淡々と王子の口にお粥を運ぶ。
王子のペースが落ちてきたら、自分がお粥を食べ、
「こんなに美味しいんですから」
と、またお粥を進める。
人が持っているものを欲しくなるのが人間の性。だったら、自分が持っているものをとびっきり美味しそうに見せれば、不思議と食欲がなくても食べたくなる。
「はい、完食です」
ご飯粒さえ残っていない皿を王子に見せると、王子はなんだか物足りなさそうな顔をした。
「おかわり、頼みます?」
「いや、いいよ」
笑顔を崩さずに言った私に目もくれず、王子は背を向けてしまった。
「寝るから、一人にしてくれ」
低い声に、驚かされる。風邪で枯れているにしても、低すぎる声。
私は王子の機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうか。精一杯頑張っただけに、少し悔しくなって唇をかむ。
「たまに、様子見にきますね」
それだけ言い残して部屋を出た途端、私は糸が切れたようにへにゃへにゃと廊下に座り込んでしまった。