異変
いつも通りの朝、アンと食事をして王子の部屋へといく。
今日、国王は他国の偵察に行くとかで城にいない。それに伴い、大臣も10人ほどいないので今日は食事が少し楽だ。
そんなことを思いながら、まずは軽く王子を起こす。と、
「リュート」
小さく名前が呼ばれた。
「王子?」
珍しい。揺さぶった程度で起きるなんて。雨でも降るんじゃなかろうかと窓に目をやった時、
「ごめん、水を」
苦しそうな、ただ事ではない声だった。
「王子?どうなさったんですか」
水差しにあった水をコップに注ぎ、王子の元まで持ってくると、王子は体を半分だけ起き上がらせて水を飲んだ。
喉仏がゆっくりと上下する。
「けほっ」
小さくむせた王子の瞳は、焦点があっていなかった。
「王子、体調が悪いんですか」
尋ねても、布団にくるまってしまい返事はない。
私の方に向けられた背は、せわしなく上下している。仕方なしに首筋に手を当ててみると、少し驚いてしまうくらい体温が高かった。
「王子、辛いですか。キツイですか。お粥、作ってもらいます?」
小さな妹は、しょっちゅうこんな熱を出していた。それが懐かしくて、私は冷静に対処する。
「おかゆ」
ポツンと、王子が言う。どこか寂しそうで、弱々しい声だった。
「作って」
「わかりました。一旦、水枕持ってきますから」
王子の布団を肩までしっかりかけなおし、小さく窓を開ける。
菌がうようよしているかもしれないから、換気は大切なんだと、いつか先生が言っていた。
アンにお粥を頼み、自分は水枕を手っ取り早く作ると王子の部屋へ行く。
「王子、頭上げてください」
水枕もお粥もそろっているって、なんて素敵なんだろう。王子の世話をテキパキしながら思う。
私の国ではこんなものなかった。
もっと貧しくて、お粥さえ作ってあげられなかった。水枕もなく、近くの川を浸した布切れで代用しており、全然冷たくなかった。
妹にきちんとした手当てがしてあげられなくて、自分が情けなくて、苦しんで泣く妹と一緒に泣いていたっけ。
「王子、今お粥持ってきますからね」
部屋を出れば、ミンフィスがじっと立っていた。厳かで鋭い眼光に、少しひるむ。
「ミンフィス」
小さく名を呼べば、ミンフィスは尻尾を振って背を向けてしまった。なんだろうと首を傾げる間もなく、アンがお粥ののった盆を持って走ってくる。
「リュート、今日は洗濯とかあたしがするよ。だから、王子についてあげて」
はぁはぁと息を切らしながら、アンが言う。こくんと首だけで返事をして盆を受け取ると、アンは台所へと走り去ってしまった。