表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらの灯  作者: pacifian


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

『月下の種』

灯とは?旅の目的とは?全100話の連作短編で綴る、優しさと再生の記憶。

月が静かに満ちかけ、山影が深く長く伸びる頃。

遠くで鹿が鳴き、冷たい夜風が川辺を撫でていた。


嘉兵衛かへえ志乃しの


山間の小さな村に、ひっそりと暮らす老夫婦がいた。


年のころは七十を越え、腰は曲がり、目も耳も幾分か遠くなっていたが、

ふたりの足取りは、夜道でも迷いがなかった

理由はひとつ――探しものがあるから。


「……今夜こそ、咲いてくれるかのう」


嘉兵衛がふと呟く。志乃は静かに頷き、手にした提灯を少し持ち上げた。


毎年、季節と月の巡りが同じになるこの晩、ふたりは決まって山へ向かう。

その理由を村の者たちは知っていたが、もう口にする者はいなかった。


ふたりが探すのは、幻の花――“月下開花”。


夜の間にだけ咲き、やがて光の粒となって消えるという、

伝説の花だった。


それはある年、病で早くに亡くなった一人息子・清吉せいきち

絵本に描いていた花でもあった。


「この花、咲いたら願いが叶うんだって!」


幼き頃、目を輝かせてそう話していた清吉の声が、

今でも風の音に混じって聞こえてくる気がする。


それからというもの、志乃は毎年欠かさず花を探した。


嘉兵衛も、無口な男だったが、妻の願いを否定することはなかった。

だが、十年以上が経っても、花が咲いたことは一度もなかった。


「……やっぱり、夢物語だったのかのう」


志乃が呟いたその時だった。


木々の間に立つ、ひとりの旅人の姿があった。

黒い着流しに身を包み、手には古びた杖

その瞳は深い夜を映しながら、どこか優しげな光を宿していた。


「お探しの花……咲かせることなら、できますよ」


そう告げたその者は、“ともり”と名乗った。


老夫婦が訝しげに見つめる中、灯は膝をつき、地面に手を当てる。

その仕草は、まるで大地の呼吸を聴いているかのようだった。


「この地は、乾きすぎています。

 夜の露も届かず、種子は目覚められない。

 けれど、お二人の記憶に宿った場所なら――咲くかもしれません」


記憶に宿った場所……?


思い出すのは、まだ清吉が元気だった頃。

村の外れ、小高い丘に、三人でよく登ったことがある。


「そうじゃ、あの丘……清吉が花の絵を描いた、あの場所じゃ」


志乃の声が震え、嘉兵衛が静かに頷いた。

灯は微笑むと、老夫婦をその丘へと導いた。


途中、草木の間を縫い、石をどけ、手で土を撫でながら進む灯の姿に、

ふたりは次第に言葉を失っていった。


丘にたどり着いた頃、月は高く昇り、空気は凛と澄んでいた。


そこには一本の若木があり、その根元に柔らかな土が広がっていた。


「この場所……あの子が最後に寝転んで空を見ていた所じゃ……」


志乃がそっと地面に手をつく。


その指先に、わずかな温もりが伝わる気がした。


灯は懐から、小さな袋を取り出した。中にはひと粒の黒い種。


「これは“眠り種”と呼ばれるもの。

 強い想いに呼応して育つ種子です。

 月と湿度、地中温度が揃えば、きっと今夜、開花します」


そう言うと、灯は周囲に手をかざし、低く呟いた。


「土の鼓動よ、静まりたまえ。

 空の息吹よ、整いたまえ。

 月の灯火よ、今宵だけは、この場所を照らせ――」


その瞬間、丘の空気がふっと変わった。


風が止み、草の葉がぴたりと動きをやめる。

種が埋められた地面が、微かに呼吸を始めたように揺れた。


老夫婦が見つめる中、土が柔らかく盛り上がり、

やがてそこから、淡い光を帯びた芽が現れた。


葉が開き、蕾が膨らみ、音もなく花が咲いた。


真白で、五枚の花弁。その中心に、小さな光の粒が揺れていた。


「……あの子が……あの子の……色じゃ」


志乃の頬に、涙がひとすじ落ちる。


嘉兵衛は声も出さず、花を見つめていた。

それは確かに、清吉が描いた夢の花だった。


花はしばらくのあいだ咲き続け、やがて風に乗ってひとつ、またひとつ、

その花弁を空に散らしていった。光の粒となって、月に溶けていくように。


志乃は花に向かって、小さく手を合わせた。


その姿は、祈りというよりも、再会のようだった。


「ありがとう、清吉……もう、大丈夫よ」


灯は静かに頷いた。


その顔に、どこか救われたような寂しさが滲んでいた。


夜が更け、老夫婦は灯と共に丘をあとにした。

その背に、光の残り香がほのかに揺れていた。


──翌朝、村人たちは丘に咲く花の跡を見て、首をかしげた。

けれど老夫婦は、何も語らなかった。


それからふたりの顔には、穏やかな笑みが戻ったという。


そして灯は、また次の灯火を探して、静かに旅を続けた。

これは、世界に散った小さな奇跡たちが、ひとつの光に戻る物語。 人、人ならざるもの、動物、すべての命が交差し、 その瞬間だけに灯る“ひとひらの灯火”。


ひとひらの灯は第1話『雪灯』から始まります。

1話完結ストーリーですが後に繋がるストーリーが存在します。

灯とは?旅の目的とは?


全100話の連作短編で綴る、優しさと再生の記憶。 最後にすべてが繋がったとき、あなたの中にも、ひとつの灯が残るかもしれません。


最後までこの物語を完成していきますので、どうか皆様の応援をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ