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ひとひらの灯  作者: pacifian


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『水面に咲く』

灯とは?旅の目的とは?全100話の連作短編で綴る、優しさと再生の記憶。

麦の穂が風に揺れ、田の水が陽にきらめく頃だった。


ともりは山を越え、ある農村に足を踏み入れた。江戸初期の頃、まだ人々の暮らしは素朴で、どこか土とともに呼吸しているような温かさがあった。


村のはずれに、小さな蓮の池がある。そのほとりに、じっと座る少年がいた。名を、新太しんたという。


彼は、声を発することがほとんどなかった。父を病で失ってからというもの、周囲の言葉にも、母の呼びかけにも応えず、ただ蓮の池ばかりを見つめていた。


ある日、灯は村の湧き水で喉を潤していた。そのとき、風が運ぶように蓮の香りが届き、気づけばその池へと足が向いていた。


「……そこは、君の居場所かい?」


新太は驚く様子もなく、ただこくりと頷いた。


「きれいな場所だね。蓮は、泥の中から生まれて、それでもまっすぐ天を向く。まるで、誰かの心のように。」


灯の声は柔らかく、風の音と混じってゆっくりと少年の胸に染み込んでいく。

新太は、ぽつりと言った。


「父さんが、ここが好きだった。……でも、僕は……ぜんぜん、強くなんか、ない。」


言葉が震えていた。


灯はそっと座り込み、小石を拾って水面へ投げた。波紋が広がり、やがてまた静けさが戻る。


「……強くなくていい。君がいま、ここにいること。それが、大切なんだよ。」


その日から、灯は時折池に足を運び、新太に声をかけるようになった。


ときには蓮の根を掘り、ときには花びらを拾い、ふたりで話すことが少しずつ増えていった。


ある夜、村に雷雨が訪れた。池の蓮はすべてなぎ倒され、泥に沈んだ。村人たちは「今年の蓮はもう見られぬ」と肩を落とした。


しかし、数日後——


新太は池の前で、目を見開いた。ひとつだけ、倒れた蓮の葉の隙間から、ひっそりと小さな蕾が顔を出していた。


「……咲いてる……」


灯は微笑んだ。


「君が毎日見つめていたからだよ。蓮は、誰かに見守られていると、ちゃんと咲こうとする。」


新太の目に、初めて涙が溢れた。


「……父さんも、きっと……どこかで、僕を見ててくれる?」


「もちろんさ。あの日、君が池を見つめていたように。」


それから新太は、少しずつ村の中に溶け込んでいった。

母に笑顔を見せ、村の仕事を手伝うようになった。


そして——


翌年、池は見事な蓮で満ちた。


村人たちはそれを「新太の池」と呼び、子どもたちが遊ぶ場所となった。

灯はそっと旅支度を整え、麦の穂が揺れる道を歩いていく。


背中には、またひとつ、小さな“灯”がともっていた。

これは、世界に散った小さな奇跡たちが、ひとつの光に戻る物語。 人、人ならざるもの、動物、すべての命が交差し、 その瞬間だけに灯る“ひとひらの灯火”。


ひとひらの灯は第1話『雪灯』から始まります。

1話完結ストーリーですが後に繋がるストーリーが存在します。

灯とは?旅の目的とは?


全100話の連作短編で綴る、優しさと再生の記憶。 最後にすべてが繋がったとき、あなたの中にも、ひとつの灯が残るかもしれません。


最後までこの物語を完成していきますので、どうか皆様の応援をよろしくお願いいたします。


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