8.親友
お皿の上には可愛らしいミニケーキが五つ並んでいる。いちごとクリームのケーキに、チョコレートケーキ、シュークリームにチーズケーキとオレンジのタルト。食べたいけれどコルセットのせいで入るか微妙そう。
ジョゼフィーヌは一瞬だけ躊躇ったが、あまりに美味しそうなので食べない選択肢は見つからなかった。
「ありがとう。ふふ、いただきます」
お皿を受け取りフォークで一口分に切り分けて口に入れた。
「ん! 美味しい」
「でしょう? 私が先に味見しておいたから、美味しさは保証する。それでね。一目惚れって単に顔がすごく好みだというだけでしょう? 性格が悪かったり考えが合わなかったりしたら後悔するのに、慎重さとか理性をどこに置いてきちゃうのかしら?」
鈴を転がすような可憐な声の主はサラサラの薄い金色の髪を背中に流し、薄い黄色のドレスを着ていた。大きな瞳が可愛らしい女性が眉を寄せやや口を尖らせて、不可解だと腕を組んでいる。彼女はドバリー公爵令嬢ミラベルだ。
「ミラベル様。いつ王都に戻ってきたの?」
「昨日よ。船は面白かったわ! 今度は港を見学したくてお母様にお願いしているところなの」
ミラベルは青い瞳を楽しげにキラキラと輝かせている。
「相変わらず探究心旺盛ね」
ミラベルの年齢はアルバンと同じでジョゼフィーヌの二歳年下の十八歳。高位貴族の年齢の近い令嬢がお互いしかいなかったことから、必然的に親しくなった。ジョゼフィーヌはミラベルを親友だと思っている。
ミラベルは興味を持ったら徹底的に調べたくなる性格で、しかも行動力がありすぐさま実行に移す。
たとえば昔、我が家に遊びに来たときに応接室に置いてあったガラス細工に惹かれて、次の日には資料を集め読み込んでそのままガラス工房を訪ねた。そして作成工程を見学したそうだ。
今は船に興味を抱いている。大きな船が重い荷を積んで海や川に浮くことが神秘的らしい。ジョゼフィーヌはそういうものだとしか思わなかったが、ミラベルと話をしていると視点の違いが面白い。今回は造船所に行ってくると聞いていた。
「ええ。これもお兄様がしっかり者のおかげよ。貴族令嬢としては考えられないくらい自由にさせてくれて感謝しているわ」
ミラベルにはグレゴリーという兄がいる。頭脳明晰で品行方正の慎重派。次期ドバリー公爵であり、また次期宰相候補として期待されている。
「いいなあ。私もたまには遠乗りくらいしたいな」
「ジョゼフィーヌ様は忙しいものね。王太子の婚約者なんてどう考えても貧乏くじ。しかも肝心の王太子は浮気するような最低なクズ男だし」
ミラベルはカラカラと笑いながら辛辣な言葉を放った。
「ミラベル様ったら。まあ、否定はしないけれど言いすぎよ。人に聞かれたら面倒だわ」
「大丈夫よ。近くに人はいないもの。それよりジョゼフィーヌ様は怒っていないの?」
ミラベルは視線をアルバンやエステルに向けている。彼らの行動を非難しているのだろう。
ジョゼフィーヌはお皿の上のケーキを平らげると給仕を呼んで、お茶を受け取り喉を潤した。
「もちろん怒っているわ。だって仕事を放り出してエステル様に会っているのよ。大切な視察なのにその意味も理解していないし」
「そっかあ。仕事かあ。怒るところはそこなのね。だからアルバン殿下は拗らせたのかな?」
ミラベルは意味ありげにジョゼフィーヌを見た。意味が分からず首を傾げる。
「殿下は何を拗らせているの?」
「ねえ、ジョゼフィーヌ様。私、アルバン殿下がエステル様のどこに惹かれたのか知っているのよ」
ミラベルはジョゼフィーヌの質問には答えずに別のことを言い出した。
「一目惚れだから顔なのでしょう?」
「顔なのはそうだけど、たぶん雰囲気だと思う。エステル様はね。少しだけ昔のジョゼフィーヌ様に似ているのよ」
「?」
自分とエステルのどこが似ているのかわからない。瞳の色も違うし顔立ちも全然違う。雰囲気だってジョゼフィーヌはエステルのようにふわふわしていない。高位貴族として淑女教育を受ければ表情豊かに振る舞うことはしない。
どこが似ているのか教えてくれるのかと続きを待っても、ミラベルはただ微笑みを浮かべるだけだった。それならこれ以上聞かないことにした。ミラベルが黙っているのならそれは答えを自分で気付いてほしいか、知る必要がないかのどちらかだろう。ミラベルは年下だけど、時々悟りを開いているように感じてしまう。以前、そう言ったら諦めるのが得意だからかもと笑っていた。一見自由に振る舞っているようでも、苦しみや悲しみがありそっと胸に秘めている。私たちの身分なら望むものは手に入ると思われがちだが、実際は儘ならないことも多い。
「私はミラベル様の方が王妃に相応しいと思う」
「私もそう思っていたし、そのつもりだったし、そのために勉強したのに。まさか王妃様が陛下に王命を出させるとは思っていなかったわ」
ミラベルは祖父の宰相からいずれ王妃になると聞かされて育っていた。そのために勉強にも取り組んでいたのはジョゼフィーヌも知っていた。
だからジョゼフィーヌがアルバンと婚約することになったときは申し訳なくなったのだが、ミラベルは落ち込んだそぶりも見せずに、むしろジョゼフィーヌを慰めてくれた。実はミラベルには初恋のリックの話をしていて応援してもらっていたのだ。
だからジョゼフィーヌはいつかミラベルに好きな人が出来たら応援するつもりでいた。好きな人ができたら報告してくれると約束して何年も経つが、いまだに教えてもらえていない。
性格よし、器量よし、家柄よしなのにまだ婚約者を決めていないのは、密かに想う人がいるのではと思っている。その相手がアルバンの可能性もあるが、ミラベルの口からはアルバンの悪口しか聞いたことがないので多分違うだろう。もっとも悪口はジョゼフィーヌに気を遣っているだけかもしれない。二人は幼馴染なので無きにしも非ずと思っている。気にはなるがミラベルの心に土足で踏み込むつもりはないので深く問いかけたことはない。
「ミラベル様はどう思う? エステル様に王太子妃が務まるかしら?」
「エステル様には無理よ。知識も教養も一朝一夕では身に付かないし後ろ盾もないもの。ところでジョゼフィーヌ様はアルバンと婚約解消するつもりなの?」
「近いうちに王家から言ってくるのではないかしら。あれだけ堂々とエステル様と一緒にいるのだもの」
「アルバン殿下は本当にお馬鹿さんよね」
「殿下をお馬鹿さんて……」
否定はしないけど、ミラベルは不敬な発言が多いので心配になる。
急に会場がざわめきだした。何ごとかとミラベルと顔を見合わせ、ざわめきのある方に視線を向けた。
「あら? ふふ。きっとダンスのお誘いね」
ざわめきの理由、それはバシュラール公爵がこちらに向かって歩いてきているせいだった。




