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愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?  作者: 四折 柊


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7/9

7.事態は悪化するばかり

 ジョゼフィーヌは王太子の婚約者としてそれに相応しい華やかなドレスを纏い、そして……いつの間にか壁の花になっていた。


(ちょっとあり得ない状況よ。王太子の婚約者がぽつんと一人寂しく佇んでいるなんて)


 アルバンとファーストダンスを踊った後は、使節団の方々と歓談する予定だったのにダンスを終えた途端に「ちょっと」と言っていなくなった。待っているうちに気付けば壁の花。


 それでも夜会は順調に進み、お父様や宰相が使節団の方たちと歓談している。アルバンの不在はとりあえず問題になっていないけれど……。疲れてきたのでジョゼフィーヌは近くの椅子に座った。


 暇なので周囲を観察することにした。すると会場の中でひと際華やかな集団があったのでそちらを見ると、バシュラール公爵が独身女性たちに囲まれているところだった。

 公爵が姿を現す前は悪い噂を気にしてみな警戒していたが、女性たちは本人を見て頭から噂が吹き飛んでしまったようだ。

 バシュラール公爵は長身で引き締まった体をしている。さらに素晴らしく整った容姿を持っているので正装姿は美麗の一言。公爵が独身なこともあり女性たちが群がるのは必然だろう。


 ジョゼフィーヌはそれを遠目でぼんやりと見ていたが、ふと我に返りアルバンを探した。そろそろきちんと挨拶をしに行きたい。


(いったいどこに行ったのかしら。お腹を壊したのなら、従者が言づけに来るだろうし……。あ、いた。え?!)


 アルバンはジョゼフィーヌそっちのけで楽しそうに談笑していた。アルバンの隣にはエステルがいた。二人の周りには今年デビューした令嬢たちがいて二人を囲んでいる。お約束のガストンもその輪に加わっていた。

 ジョゼフィーヌは呆れた。すでにアルバンとエステルのことは噂になっている。さすがにその噂を肯定するような行動を公の場で取るとは思わなかった。


 この夜会は内輪だけのものではなく、隣国の使節団がいる。国内の貴族だけではないのだ。アルバンの行動で王家が恥をかく。

 それに使節団は友好で訪れているとはいえ、我が国の国内情勢を探っているはずだ。次期国王になるアルバンは慎重に行動する必要があった。


(エステル様にうつつを抜かしている場合ではないのよ。ああ、きっとガストン様がお膳立てしたのだわ!)


 ガストンの父親であるジッド侯爵は先代の陛下に忠実だった。つまり王家派だ。まさかジッド侯爵の思惑でエステルとアルバンをくっつけようとしているのだろうか? エステルを王妃に据えてアルバンを操るつもりかもしれない。エステルの実家であるクレール子爵家に力はない。でも側近であるガストンの父親ジッド侯爵が後ろ盾になれば……。


 貴族は王家派と宰相派にわかれている。今までは王家派の貴族が我がもの顔で権力を利かせていたが、先代の陛下が亡くなったことで勢力図が変わってきている。貴族たちは宰相派に流れつつあるのだ。ちなみに我が家は一応、中立派となっている。


 ふいにジョゼフィーヌとガストンの目が合った。ガストンは顔を顰めるとアルバンに耳打ちをした。するとすぐにアルバンがこちらに顔を向けて口を真一文字に結んだ。同時にエステルや周りにいた令嬢たちも挑むようにこちらに視線を向けた。心なしか全員に睨まれている気がする。吃驚である――。

 イラっとしたので冷ややかな視線を送り応酬しておいた。するとアルバンが小さく口を開いた。あれは舌打ちをしたのだ。


 いつの間にかガストンやデビュタント令嬢たちが結束していたらしい。お茶会のエステルはジョゼフィーヌにこんな顔をするような女性ではなかったのに残念だ。周囲の人間に唆されたのか、もしくはアルバンに恋をしたと自覚して野心が芽生えたのか。令嬢たちはエステルを支える応援団になったようだ。

 

 アルバンはもう隠すことをやめている。きっとエステルを傍に置くための行動に出るだろう。陛下は一人息子のアルバンを可愛がっているから、王妃様が反対しても希望を叶えるはずだ。近いうち婚約解消の話になるだろう。


(もう婚約解消ならそれでいいわ。お父様もお母様も怒らないだろうし。あ、でも宰相様は落胆するかも。私が王太子妃になったら、色々と押し通したい議案があるからお父様と共闘するって張り切っていたものね)


 ジョゼフィーヌは溜め息を吐いた。最近溜め息ばかり出る。


(えっと、溜め息の分だけ幸せが逃げるのだったかしら? 逃げるだけの幸せが果たして私のもとにあったのか、怪しく思えるわ……)


 王族の結婚はおままごとではない。好きなだけではやっていけない。恋をしている間は楽しいだろう。でも結婚後は? エステルに王妃として国と民を背負うという重責を担う覚悟があればまだいい。でもアルバンにすらその覚悟がないのにエステルにあるとは思えない。

 ジョゼフィーヌはそのことを婚約してからずっと意識してきた。胸の奥に『国と民』という大きな重石をかかえている感覚は苦しい。


 ジョゼフィーヌは王妃様を見た。陛下の隣でふわりと微笑んでいる。ずっと微笑んでいるだけで口は開いていない。失言が多いので賓客がいる場ではしゃべらないように言われているからだ。


 王妃様は結婚当初は一生懸命学び努力したそうだ。でも貴族は簡単に自分を王妃と認めない。それに苛立って早い段階で学ぶことを放棄して楽な方へと逃げてしまった。そう、マナーや知識を身に付ける前に諦めたのだ。


 今となってはそれなりに大きな失敗をせずに公務をこなしているし、ドレス以外に大きな贅沢もしていない。ただそのドレスが問題だった。


 王妃様の衣裳部屋には一度も袖を通していないドレスが何十着、いや百着は超える。さらにそのドレスに合わせた靴や宝石も揃っている。このドレス代の分のしわ寄せは民に及んでいる。行われるはずの道や川の補強工事、老朽化対策のための工事が無期限延期になっていることは民も知っている。


 街ではドレス狂いの女だと揶揄されていて、市井では陛下や王妃様のシンデレラストーリーに憧れる人はもういない。アルバンはきっとそのことを知らない。エステルとの恋を民が後押ししてくれるとか考えていそう。

 ジョゼフィーヌは再びアルバンの方に視線を向けた。アルバンは話をしながらエステルの顔ばかりを見ている。確かにエステルの顔は可愛い。どこか幼さが残っていてこれから花を咲かせる蕾のような瑞々しさがある。でも普通の可愛い女の子にしか思えない。エステルのどこがアルバンの琴線に触れたの、ジョゼフィーヌにはわからなかった。


「私、一目惚れはしたことないのよねぇ……」


 初恋のリックについては見た目でなく、彼のくれた優しさに惹かれたのだ。もちろん見た目も好きだけど。


「私もないわ。一目惚れって不可解だわ。相手のことは顔しか知らないのに、好きになれるって意味不明よね」


 目の前に突然ケーキの載った皿が現れた。

 そしてジョゼフィーヌの独り言に対し、鈴を転がすような可憐な声がそれに応えた。







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