6.お説教
今日は隣国からバシュラール公爵を始めとする使節団がお見えになる日だ。大切な賓客なので失礼があってはならない。ジョゼフィーヌは朝早くから城に向かい、打ち合わせに参加していなかったアルバンに釘を刺すことにした。
「アルバン殿下。バシュラール公爵様は陛下のお客様です。丁重に対応してくださいね」
「言われなくてもわかっている。だがいくら母上を助けてもらったからと言って、放蕩公爵をもてなすなど馬鹿馬鹿しい」
「アルバン殿下! それは噂です。真偽の分からないことを軽々しく口にするべきではありません」
ジョゼフィーヌはついカッとなりアルバンを窘めた。
数年前からバシュラール公爵に纏わるよからぬ噂が我が国に流れている。もちろんジョゼフィーヌもその噂は知っている。内容は酷いもので、女性を囲い散財をして領民からは重税を搾り取っているというもので、まさしく放蕩公爵。でも事実かどうかアルバンは調べていない。王族でありながら噂を鵜吞みにした。
「確かに噂だが火のないところに煙は立たない。どうせ金にものを言わせて女を漁る醜い奴に決まっている」
アルバンはバシュラール公爵に会ったことがないので、その姿を想像し侮蔑を込めてそう吐き捨てた。王妃様を助けたときは双方お忍びだったので、バシュラール公爵に会ったのは陛下と宰相だけだった。
ジョゼフィーヌは黙っていられず言い返した。
「アルバン殿下は人のことを言える立場ですか? エステル様のこと、どうなさるおつもりですか?」
「!!」
アルバンが目を大きく見開いて食い入るようにジョゼフィーヌを見た。一瞬だけ眉根を寄せたがすぐに取り繕うように微笑みを浮かべた。
(まさか自分の気持ちがバレていないと本気で思っていたの? 派手な行動までしていたのに? 王妃様は注意をすると言っていたけどこの様子だとまだみたいね)
王妃様はジョゼフィーヌがアルバンを好いていると思い込んでいるから、多少のことなら不満があっても我慢すると思っている。
「エステル嬢? 彼女は、確か……クレール子爵令嬢だったな。どうとは?」
わざとらしい。どうやらとぼけるつもりらしい。
「親しくしていると聞いています。貴族たちの噂にもなっていますよ?」
「私とエステル嬢はただの友人だ。友人なら会って話しても問題ない。まさかジョゼフィーヌは下劣な貴族たちの噂を信じているのか?」
アルバンは下品なことを言うなと、ジョゼフィーヌを軽蔑するような目で見た。いやいや、同じ目で見返してやりたい。
「友人だとしても公務をおざなりにしてまで会う必要がありますか? アルバン殿下はご自分の立場を理解していないのですか? 視察を取り止めて会っていたそうですね」
「あ、あ、あれは偶然会って、そうだ。偶然会って話をしただけだ。公務は重要なものではなかったから問題ない」
ジョゼフィーヌは眉を吊り上げた。
「重要ではない公務だったと? それを勝手に判断されたのですか?」
「そうだ。たかが道を見ろとか川を見ろとかどうでもいいものだ。本当なら私が行くほどのものではない。官吏が行けば十分だった」
無責任な言い訳を聞いてジョゼフィーヌはアルバンを睨んだ。これが将来国を背負う人の発言だとは嘆かわしい。
「その視察は民からの嘆願で予定が組まれたもののはずです。どうでもいいのなら嘆願などこないでしょう。視察がなぜ必要か考えなかったのですか?」
「視察なんてただの消化公務だろう? 怒るほどのことじゃない」
アルバンは開き直ったように胸を張った。アルバンは何年も帝王学を学んでいるのにこの程度なのか。アルバンと結婚することが果てしない苦行に思えてきた。
「アルバン殿下。すべての公務に意味があります。しかも嘆願による視察を軽んじるのは民を蔑ろにするも同然です。一か月後に私と一緒に地方の視察に行くことになっていますよね。それまでにアルバン殿下が取り止めた視察の必要性を再考してください」
ジョゼフィーヌがぴしゃりと言うとアルバンは不満いっぱいの顔をしてぽつりと言った。
「ジョゼフィーヌのそういう家庭教師みたいな物言いは嫌いだ」
「それは光栄ですわ」
ジョゼフィーヌはカッとなり感情的に言い放った。我ながら大人げないと思ったが止まらなかった。
「お前はいつだって年上ぶって可愛くない! どうせ私より自分の方が優れていると思っているのだろう?」
アルバンはプイッと顔を背けた。その後ろでガストンがいつも通りジョゼフィーヌを睨んでいる。
年上ぶるもなにも年上だ。ジョゼフィーヌはウンザリした。こっちだって説教などしたくない。アルバンが王太子として自覚をもって行動してくれればいいだけのこと。しかも反論が「可愛くない」とか子供か! と思う。
「そのようなこと、思ったことはございません。私はこれから夜会の支度があるので下がらせていただきます」
ソファから立ち上がり出て行こうとしたらアルバンに呼び止められた。
「ジョゼフィーヌ、待て」
「何でしょう?」
「嫉妬に駆られてエステルを傷つけるような真似をしたら許さない」
「しません。そんな低俗なことを」
そもそも嫉妬していないし。ジョゼフィーヌは肩を竦めると、アルバンに冷ややかな眼差しを向けた。これ以上一緒にいると殴りたくなりそうなので今度こそ部屋を出た。
「あら? 殿下ったら、本心をペロッと白状しちゃってるわ」
エステルを呼び捨てにしているし、傷つけるなと牽制してきた。今度のことを想像すると憂鬱になる。
(今は気持ちを切り替えて夜会の準備よ)
まだ時間はあるが女性の身支度は大変時間がかかる。ジョゼフィーヌは一度屋敷に戻り、湯浴みを済ますと侍女たちの手を借りて華やかに着飾ったのだった。




