5.王妃様からのお願い
やはり王妃様は可愛い一人息子の味方らしい。母親としてはわかるがあまりに配慮がない。ジョゼフィーヌは王妃様をまっすぐ見つめながら『この人は王妃の器ではない』と思った。
王妃様は明るく朗らかで優しい人ではあるが、自分の考えを正しいと信じて覆さない頑固なところがある。
王妃様は貧しい男爵令嬢だった。食事に事欠く日もあったそうだ。そんな子供をなくしたいと教会での炊き出しの回数を増やすよう指示をした。
それはいいことだけれど、問題は教会に炊き出しのためのお金の報告義務を免除したことだ。大きな金額なので王妃様の一声さえなければ絶対に報告義務は免除されない。
結果、一部の教会では炊き出しの食べ物を粗末なものにし、予算を浮かせ、浮いた分を懐に入れている。けちくさい話だがチリも積もればそれなりのお金になる。
これに怒った宰相が教会に使用用途を報告させるべきだと訴えたが、王妃様は聖職者が不正をするはずがないと拒否した。陛下は王妃様の活動を賞賛し肯定してしまうので、最終的に宰相の提案を跳ねつけてしまった。
それ以外に王妃様は清貧を称えた。自分が質素に生きてきたからと貴族たちにも清貧を求めた。当然反発される。分相応で考えてほしい。
王妃様は高位貴族の夫人を招いたお茶会に出すお茶やデザートの質を大きく落とした。それだけではない。食器も同じものを使い回すように指示をして、飾る花ももったいないと減らした。王妃様は節約できたと誇らしげだったが、婦人たちは絶句したそうだ。お金をかけるのにはもちろん権威を示す意味もあるが、お茶やデザートは贅沢のためだけで出しているわけではなかった。
歴代の王妃様たちは慣例として、地方の特産品を出して売り出すための紹介の場にしていた。夫人たちがそれを広めてくれる。
また、これから事業にしたい食べ物や食器などの試作品を出し、その試作品を気に入った夫人が夫に話すことで出資者になることもある。
貴族のお茶会はただの井戸端会議ではない。でも王妃様にとってはゴシップ話をするだけの不快な場だったようだ。その一面も否定はしないが、たとえゴシップでも情報を得るという意味がある。
しかも王妃様は矛盾していた。清貧を謳っておきながら自分は異常なほどドレスに執着している。なんとも皮肉なものだ。
令嬢時代は男爵家でドレスをほとんど作ってもらえなかった。だから、たまに出席するお茶会や夜会では馬鹿にされ悔しい思いをしたのがトラウマになったらしい。
王妃様はドレスを作らないと不安になるそうだ。毎年、王妃様の予算は十分に確保され必要なドレスは作っている。それなのに何度も「もう一着欲しい」と陛下に強請るのだ。陛下は王妃様に甘いので許してしまう。結果、ドレスのお金は他の予算から引っ張ってくることになる。宰相が予算の書類を見せて説明したことがあるらしいが、王妃様は他のことで節約しているのだからドレスくらいいいじゃないかと泣き出す始末。
そのこともあり貴族たちは王妃様に不満を抱き、王妃様を擁護する陛下に対しても反感を持っている。
王家の求心力は陛下の代でかなり下がっている。だからアルバンの婚約者選びは大きな問題だった。
名門シャレット公爵家の娘であるジョゼフィーヌがアルバンの婚約者でも問題ないが、内政を改善するのなら宰相が後ろ盾となるドバリー公爵令嬢ミラベルが一番相応しいだろう。
(ミラベル様が殿下の婚約者になってくれていたら、リックにプロポーズできたのになあ)
「王妃様はそれでいいのですか?」
「どういう意味かしら?」
「王妃様は陛下と運命の出会いをして結ばれました。アルバン殿下にも想う人と添い遂げさせてあげたいと思わないのですか?」
息子に甘い王妃様ならアルバンの幸せのために婚約解消をしてくれと言い出すと思っていた。ところがアルバンの加勢をするつもりはないらしい。
王妃様は瞳を翳らせ、視線を足元に向けるとぽつりと言った。
「そうできたら一番いいのだけど……。でも身分差のある結婚は難しいわ」
育った環境の常識が違うことは一緒にいる上で大きく影響する。乗り越えるのは大変だ。経験者が語ると重々しい。
「そうですね」
「きっと……ジョゼフィーヌさんには理解できないでしょう。努力だけではどうしようもないってこと。どんなに頑張っても出自が男爵家だからといまだに認めてもらえないのよ。陛下は私を大切にしてくれているけれど……。でもね。ずっと考えていたのよ。身分に合った人と結婚していたらどんな人生だったのかしらって」
「………」
王妃様は男爵令嬢だったから認められなかったわけではない。もちろん自分たちより出自が劣る王妃様に跪くことを嫌がった貴族はいるのでその理由もあるにはある。それよりも振る舞いやドレスの散財の件が影響しているのに本人にその自覚はない。
「だからアルバンには身分の釣り合った女性と結婚してほしかったの。ジョゼフィーヌさんがアルバンを好いていると知って、この二人なら上手くいくと思った。アルバンも喜んでいたし。まさかこんなことになるなんて驚いているのよ。もしもアルバンがエステルさんを選べばエステルさんが私と同じように苦しむことになる。そうなったら可哀想でしょう? それを理解すればアルバンは諦めると思うの」
王妃様がエステルを可哀想と感じるのは、過去の自分とエステルを重ねているせいだ。だからジョゼフィーヌが浮気されても可哀想とは思わない。それがどうにも苦い気持ちになる。
それよりも気になる言葉があった。この婚約をアルバンが喜んでいた? 顔合わせのときのことを思い出すと絶対に違うと言い切れる。それは王妃様の勘違いだ。
「では王妃様からアルバン殿下にそうおっしゃってください。すでに殿下は公務を疎かにしているので、このままでは大きな問題になってしまいます」
「わかったわ。ジョゼフィーヌさん、アルバンのことよろしくね」
「…………………はい」
ジョゼフィーヌは帰宅すると自室の長ソファの上にごろりと横になった。お行儀が悪いけれど誰も見ていないから許してもらおう。
実は王妃様に呼ばれたとき、婚約を解消してほしいと言われると密かに期待していた。でもそうではなかった。
(私の本音は婚約解消、大歓迎なのよ。お互いが幸せになれるわ。アルバンは好きな人と結婚できるし、私もリックに婚約を申し込めるチャンスを得られる。リックがうんと言うかはわからないけど)
ジョゼフィーヌが婚約解消を自ら口にしないのには理由がある。シャレット公爵家の体面を考えてのことだ。今の状況で婚約を解消すれば、世間的にジョゼフィーヌがアルバンに惨めに捨てられたことになる。ジョゼフィーヌに落ち度がなく、アルバンの浮気だとしてもだ。解消するなら王家からの謝罪を受けてという形にしたい。謝罪があるのとないのとでは大きな違いがある。
本来ならジョゼフィーヌとアルバンは三か月前に結婚式を挙げるはずだった。ところがその少し前に先代の陛下が身罷られ、喪に服すことになった。大きな祝い事は見送られるので、二人の結婚式は一年以上延期になった。実のところ延期と聞かされてどこかホッとしていた。気持ちは割り切れているつもりでいたが覚悟ができていなかったのかもしれない。
今までアルバンと夫婦としてやっていけるかどうかの心配はしていたけれど、浮気される可能性は考えていなかった。




