4.浮かれた婚約者
お茶会当日、アルバンは自ら令嬢たちを出迎えた。しかも公務の予定を変更してお茶会の席に自分の席も用意してしまった。異例中の異例の出来事に、従者たちは顔を青ざめさせていた。
(自由すぎる……。それより私、殿下は招いていませんけど? まあ、来るとは思っていたけど)
ジョゼフィーヌ主催のお茶会だったのに気付けば、アルバンが勝手に仕切り出した。一人一人に趣味、好きなものや嫌いなものを聞いている。令嬢たちはアルバンと直接話せて嬉しそうにしている。
いよいよエステルの順番が来るとアルバンの表情があからさまに緩む。口を開くエステルも瞳を輝かせていた。
「お散歩が趣味です。花や建物を眺めるのが楽しくて。好きなものはお肉、嫌いなものはありません!」
アルバンは幸せそうな表情で聞き入っている。傍らに控えているガストンは満足げにしているが、この状況は大変よろしくない。他の令嬢たちは時間とともに何かを察して困惑しているし、ジョゼフィーヌは予定していた進行ができず迷惑している。
(今日はもうお開きにしよう)
有益な話をしてあげたかったけれどアルバンがいると無理なので、早々に切り上げることにした。アルバンは残念そうに萎れている。その姿がちょっとだけ可哀想に見えた。もしアルバンが婚約者でなければ応援しただろうけれど、残念ながら婚約者なのでそれはできない。
「次はシャレット公爵邸で開きます。ぜひ来てくださいね」
「はい。ジョゼフィーヌ様。楽しみにしていますね!」
裏表のない満面の笑みを向けてエステルがお礼を言った。エステルの様子を見る限り、アルバンに恋はしているけれど、憧れ止まりでそれ以上のことは考えていなさそう。
これならわざわざエステルにアルバンに近づかないように注意しなくていいだろう。アルバンが余計なことさえしなければ、二人の身分差的にこれ以上親しくなることはないのだから。
そう安心したのもつかの間、ジョゼフィーヌの考えは甘かったと思い知る。ジョゼフィーヌは密かにお父様に頼みアルバンの行動を監視させていたのだが、従者から報告を聞いて怒りが湧いたし目眩がした。
ガストンがエステルの予定を調べた上で、アルバンの公務の予定を変更し街で偶然を装って会わせた。
そう、まるで陛下と王妃様の出会いを再現するかのように。『運命の再会!』にガストンは自分はいい仕事をしたと思っているのだろう。アルバンはそのままエステルをカフェに誘ってお茶の時間を過ごしたそうだ。そのせいでその日の公務はキャンセルになった。アルバンは仕事を放り出したのだ。
しかも翌日も、その翌日も、お城で行う公務を視察に変更してエステルと会っていた。もちろん視察は建前で二人は馬車に乗っておしゃべりして移動しただけ。ガストンはともかく他の側近も止めなかったらしい。
報告を聞いた翌日、近々お城で開かれる夜会の打ち合わせのために登城した。夜会は文化交流を目的とした使節団が隣国から訪れるので、彼らをもてなすために開かれるもの。当然、アルバンも一緒に打ち合わせに参加するはずなのに――部屋にいない。
「アルバン殿下はまだですか?」
前の予定が押しているのかと思い、従者に訪ねた。従者は気まずそうに重い口を開いた。
「殿下は視察に行かれております」
「…………」
(視察ですか、そうですか)
今日は打ち合わせがあるので視察の予定は入っていない。アルバンはエステルに会いに行っているのだろう。
ジョゼフィーヌは怒鳴りたくなったがギリギリで堪え、気持ちを切り替えた。教えてくれた従者に罪はない。怒ればただの八つ当たりになってしまう。
仕方なくアルバン抜きで宰相や官吏たちと打ち合わせを済ました。実は文化交流の使節団を招くというのは建前で、隣国のバシュラール公爵様を招き歓待するのが本当の目的だ。公爵様を招くのになぜ建前が必要かといえば、それには理由がある。
半年前に王妃様がお忍びで城下に降りたときにならず者に絡まれる事件があった。そこに偶然、お忍びで来ていた隣国のバシュラール公爵様が出くわし王妃様を助けてくださった。
王妃様もバシュラール公爵様もお忍びなのでこの事件は公にされていないが、陛下はバシュラール公爵様にとても感謝して直接お礼を伝えている。さらには「望みがあれば何であっても叶えよう。二言はない」とおっしゃっていた。それに対しバシュラール公爵様は「今は思いつかないので、望みができたらお願いします」と答えられた。
それはそれとして、正式にお城に招待して歓待したいとの陛下の意向があった。アルバンは王太子としてバシュラール公爵様をもてなす立場にあるのに、すっぽかすとは腹立たしい。恋に浮かれても仕事はしろと言いたい。
ジョゼフィーヌは打ち合わせを終え帰ろうとしたが、王妃様に呼ばれた。年齢よりもずっと若く見える王妃様が頬に手を当てて可愛らしく首を傾げ口を開いた。
「ジョゼフィーヌさん。ごめんなさいね。アルバンには注意しておくわ。来年の結婚式までにはエステルさんのことは諦めさせるから、ね?」
王妃様はアルバンの行動を知っている。その上で「諦めさせるから。ね?」とは? それまではアルバンの好きにさせて我慢しろと?
あまりの言葉にジョゼフィーヌは固まってしまった。そもそもジョゼフィーヌがアルバンの婚約者になったいきさつは、王妃様のせいだ。お父様が婚約の打診を二度固辞したとき、王妃様が陛下に「絶対にジョゼフィーヌさんを婚約者にしてほしい」と縋ったと聞いている。
おかげでジョゼフィーヌはちょっとだけ王妃様を恨んでいる。もちろん口にも態度にも出していないけど。
王妃様がジョゼフィーヌを推したのは、「おうじさまのおよめさんになりたい」という噂を聞いたからというのは表向きの理由で、本当は個人的感情からだと考えている。
実はずっと以前から水面下でアルバンの婚約者は、ジョゼフィーヌではなく宰相の孫娘ドバリー公爵令嬢ミラベルで話が進んでいた。ミラベルのお母様であるレオノーラは陛下の婚約者になるはずだった人だ。
この話は別に宰相のごり押しというわけではない。貴族議会も賛成してのこと。くれぐれも言っておきたいが宰相は国や民を思う方で野心や私利私欲はない。
そこでなぜミラベルかといえば、高位貴族である侯爵家や公爵家にはアルバンと年齢が近い女の子がたまたまジョゼフィーヌとミラベルしかいなかった。さらにジョゼフィーヌはアルバンより二歳年上でミラベルはアルバンと同じ年、ジョゼフィーヌより釣り合いが取れているだろうということで内定していた。
でも王妃様は最初からアルバンとミラベルの婚約を嫌がっていた。それはミラベルの容貌がレオノーラにそっくりであることも理由だと思う。
陛下との結婚後、王妃様は社交界でレオノーラと比較され続けた。しかも王妃様は公務で失敗を繰り返し貴族たちから失笑を買うことも多かった。それに対しレオノーラは女公爵としてドバリー公爵家を盛り立てている。
その娘ミラベルもレオノーラに似て優秀と謳われているのだから、引っかかるものがあるのだろう。王妃様が難色を示してきたせいで、アルバンとミラベルの婚約が正式に決まらず保留にされていた。そうこうしているうちにジョゼフィーヌに回ってきてしまったのだ。
「殿下はエステル様のことを諦められるのですか?」
「すぐには無理かもしれないけれど、でも諦めるまで待っていてくれるでしょう? だってジョゼフィーヌさんはアルバンを愛してくれているのだから」
「…………」
(私、アルバン殿下のことははじめからお慕いしていませんでしたが?)
思わず心の中で否定した。アルバンと婚約して四年、彼に対し弟のような、もしくは友人のような親愛は芽生えたけれど、恋心は存在していない。今はそれすらなくなりそうな危機的状態になっていた。




