㉑ 彼の意図
雪子はゆっくりとその場から後ずさると、光学迷彩で馬車に擬装してあった、黄色いビートルに戻って来た。
彼女は、運転席に座ると、深呼吸をした。
そして、出来るだけ冷静さを保とうとした。
今のはナニ?
一体全体どういう事なの?
アドルフ・ヒトラーの、政治的指導者への第一歩を後押ししたのは、あのサン・ジェルマンだったって事?
これは是非とも早急に、本人にその意図を確かめなくては!彼女はそう考えると、直ちにビートルのセンターコンソールに、出発地点の座標を入力したのだった。
名護屋テレビ塔の亜空間レストランには、サン・ジェルマンが、いつもと変わらぬ笑顔で待っていた。
「おや、お早いお帰りですねえ?」
「…伯爵、一つ訊きたい事が有るの。」
「どうしました、そんなに血相を変えて?」
「アナタがアドルフ・ヒトラー少年に、政治的指導者になるよう、促したの?」
「…。」
「一体、何だってそんな事を…。」
「…。」
「何とか…言ってよ!アナタの返答次第では…アタシ…。」
「私の返答次第では、どうされますか…私を殺しますか?」
「…。」
「私が如何に不老不死と言えども、頭を胴から切り離して、炭化するまで焼けば、復活は不可能になります…どうします?やりますか?」
「そんな事…大好きなアナタに…出来る訳無いじゃないの!」
「…それを聞いて、ホッとしました。では、私の言い訳を聞いて頂けますか?」
「そんなの…当たり前でしょ!」
「では神に誓って言います…神が存在したらですけど。私はあの時が、掛け値無しの、アドルフ・ヒトラーとの初対面だったのです。」
「…そんな?」
「当時の彼は、傷つき易い繊細な心を持った、ただの絵描きに憧れる少年でした。そして当時の私は、まだ駆け出しの、タイムトラベラーでした。」
「…。」
「私はただ、そんな悩める少年に、良かれと思ってアドバイスをしたのです。信じて下さい。私の意図は、それ以上でも、それ以下でもありません。」
「…信じ…たいわ。」
「私とて、まさか将来的に彼が、あんなに残虐な行為に走るような暴君になるとは…夢にも思わなかったのですよ?」
「そう…なのよね?」
「そしてまさか、ほとんど全ての並行宇宙の自分が、同じ行動をとるなんて…想像出来ると思いますか?」
「それは…確かに…。」
「そして、更に言い訳をさせてもらえるのなら…。」
「何?何なの?」
「あの大虐殺のきっかけを与えた者が、他に居るはずなのです。」
「それって、どういう…?」
「アレと同じ事ですよ。」




