⑱ まだ生きてるよ
「…って、勝手に殺さないでよね!」
「由理子、誰と話してるの?」
「あ、ちょっと時空のカベの、向こう側のヒトと…。」
「そんな事が許されているのは"デッド・プール"だけでしょ?」
二人は元気だった。
ただミケーネの宇宙船は大破して、凍りついたチェバルクリ湖の湖面に不時着していたのである。
「取り敢えず、使命は果たせたようで良かったわ。」
「でも、もう、ボクの船はボロボロだよ。」
「例のアレは?使えないの?あの、"大体何でも元通りにする"魔法…。」
「あの技術は、何でもホントに元通りにする訳じゃないんだ。アレは、比較的単純な構造の、無機物に特化していて、ここまで複雑なモノの再現は、不可能なんだよ。」
「あら、そう。じゃ、仕方が無いわね。」
由理子はそう言うと、別段慌てるでもなく、おもむろに、左腕のリング型デバイスのスイッチを入れた。
「何だい、ソレは?」
「ああ、コレ?これはサン・ジェルマンを呼ぶエマージェンシー・コールよ。」
と、彼女が言い終わる間もなく、上空に、懐かしいシルバーのワーゲンビートルが、出現したのである。
「由理子さん、お待たせ!」
相変わらず、サン・ジェルマンは仕事が早い。
彼はクルマを地上に降ろすと、両手に色々な荷物を提げて出て来た。
「船の修理用の工具とパーツも、持って来ましたよ。」
「まるで、こうなる事を知っていたみたいね?」
「ええ、まあ、大体はね。ミケーネ君、ハイどうぞ。帰りの燃料も有りますよ。」
「いやあ、何から何まで、まるで魔法使いのようですね?」
「いやいや、その称号は、雪村君にこそ相応しいモノですよ。ボクなんか、まだまだですよ。」
サン・ジェルマンは謙遜した。
何時もながら、彼は腰が低い。
"実るほど頭を垂れる稲穂かな"という俳句を思い出す、由理子であった。
幸いな事に、ミケーネの船の破損の具合は、見た目ほど内部は深刻ではなく、部品の交換と、簡単な修理で、時空転位が可能になった。
そして、船体の外板ぐらいは、彼自身の例の魔法で、直ってしまったのだった。
そんな訳で、ミケーネと由理子は、ここでお別れという事になった。
「ウチのチームの由理子君が、イロイロとお世話になったね。ありがとう。彼女はボクが責任を持って、鷹志君の元へ送り届けるよ。それじゃあ、ミケーネ君、帰りの道中も気をつけて。」
サン・ジェルマンが言う。
「コチラこそ、部品やら、燃料やらありがとうございます。由理子、じゃあまたね?」
「うん、ミケーネ君も元気でね。犬王さんにもよろしく!」
そして由理子は、ミケーネの宇宙船が空の彼方に消えて行くまで、いつまでも見送っていたのだった。




