⑬ 酒井弓子の願い
酒井弓子は、もともとごく普通の女の子だった。
いやむしろ、どちらかと言うと、少女時代は白血病を患ったせいもあり、病弱であった。
だから不死身でもなければ、不老不死でもない。
ただ少しだけ、ヒトのウソが見抜ける才能に恵まれているだけだった。
それだけでは、何かと生きて行く上で不便だろうと、後から真田雪子という超能力者に、念動力の使い方を教えてもらったのである。
因みに彼女のパートナーは真田雪村。
元々は、同じく普通の少年であった。
しかしそれは過去のことで、現在は以前憑依された四次元人の影響で、すっかりニンゲン離れした能力を身に着けてしまっていた。しかもその正体は、鳳凰らしい…本人には自覚無しであるが。
そんな万能感を持った彼ですら、実は不老不死ではない。
将来ちゃんと85歳で亡くなる予定だ。
亡くならないと、時空を遡って、アノ真田雪子が生まれないという、ややこしい運命なのだ。
だから弓子との大切な逢瀬の時間は、有限で貴重なのだった。
どこかの誰かさんのように、不老不死ではないのだから…。
なのにお人よしの彼は、ヒトに頼られると断れない。
文字通り世界の果てまで行って、助けてしまうのだ。
今まで何度もそんな事を繰り返して来た。
だから最近の弓子は、らしく無い事に、少々イライラしていた。
「ねえ、雪村さん…。」
ある日彼女は提案した。
「ちょっと伯爵から、ビートルを一台借りてきてよ。」
「いいけど、どうして?」
「たまにはアナタと、誰にも邪魔されない所に行きたいの。」
もっともなハナシである。
「年末年始くらいは、私のワガママに付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「そうだね。うん、そうしようか。」
彼は基本的には、弓子ファーストの思考なのである。
ただいつも、何かと邪魔が入るだけのことであった。
だから彼も、心のどこかで、早くそうしたかったのだ。
それは1990年12月28日の金曜日。
午前9時のことだった。
そこで早速、彼はサン・ジェルマンから赤いビートルを借りて来た。
ソレは本来、彼の下の妹専用の仕様だったが、幸いな事に、由理子も兄から使用目的を訊いて、そういう事だったらと、快く譲ってくれたのだった。
由理子もまた、基本的には、兄思いの妹なのである。いやむしろ、つい先日までは、極度のブラコンと言っても差し支え無い程であった。しかしながら、それは大好きな杉浦鷹志の出現で、改められる事になった。だから現在は、目出度く普通の兄思いの妹となっている。
因みに彼には、もう一人兄思いの上の妹がいるが、安定した職業に就き、成人して実家を出てからは、すっかり自由人である。そしてつい最近まで、何の音沙汰も無かったのだった。




