⑪ 少しの対話
隣に居るのは、夫人のエヴァ・ブラウンだろうか。
二人で手摺りにもたれて、南極大陸の方角を眺めている。そろそろ見えて来る頃か。
「こんにちは。」
雪子は正々堂々と、ドイツ語で挨拶しながら、ゆっくりと二人に近づいて行った。
「あなたたち、やっぱり生きていたのね?」
雪子がそう言うと、エヴァの顔が引きつるのが分かった。こちらを見ながら、二人とも黙りこんでいる。
「自殺にしては、やり過ぎだったわね?服毒した上に拳銃で撃ち、最後は死体にガソリンを撒いて、黒焦げになるまで焼くなんて…どう考えても、手が込み過ぎだわ。」
「…その上、検死役の医者には、別のカルテまで掴ませて…死体の歯型の一致に、一役買わせたのね?」
「ああ、そう言えばアナタ…元々過度な演出が好きな性格だったわね。まあでも、その才能のお陰で、ドイツでは天下を取れたのよね?」
ベラベラとまくし立てる雪子に対して、漸く男が口を開いた。
「貴様、何者だ?見たところ東洋人…日本人のようだが。ならば、わが同朋であろう?」
「同朋?その扱いだけは、断固拒否させていただくわ。如何にもワタシは、日本人だけどね?」
「その口ぶりだと、私がアドル・フヒトラーだと知っているのだな?」
「勿論よ。そして、そちらのご婦人は、エヴァ・ブラウンね?アナタには、大して罪は無いわ。ただ、オトコを見る眼が曇っていただけ…。」
「エヴァ、先に船内に戻りなさい。」
ヒトラーに言われて、彼女は慌てて、艦橋のドアを開けて中に入って行った。
彼女が助けを呼ぶ前に、カタをつけてしまおう。雪子はそう思った。
「アドルフ・ヒトラー。私は"超時空の魔女"の名の元に、アナタを断罪します。」
「…その通り名、聞いたことがあるぞ。確か、戦争犯罪者の元に、次々に訪れる魔女が居ると…。」
「流石はヒトラー。オカルト情報にお詳しいのね。」
「その魔女が、私の息の根も止めに来た、という訳か?」
「理解が早くて助かるわ。観念なさい。」
そんな事を言うアジアの小娘に対して、彼はおもむろに懐から拳銃を取り出した。
「どうぞ。ご自由に。」呆れた雪子が、余裕で両腕を広げて見せる。すると即座に、その銃口が火を噴いた。それも連続して6回もだ。
至近距離から放たれたそれらの弾丸は、しかし、雪子の直前の空中で、全て止められてしまった…それはまるで"映画マトリックス"のネオのような振る舞いだった。
ライヒスリボルバーなんて古風な趣味ね。と雪子は思った。
「私ね…。」そのままの状態から雪子が話し続ける。
「…アナタの命をどうやって奪ってやろうか、これでもイロイロと頭を悩ませて、考えてきたのよ?」
「…。」ヒトラーは無言だ。
「罪の無い、非戦闘員の人々に対して、アナタのやって来た数々の虐殺。アナタたちの身代わりの死体役になった人への罪。そして、まるで殉死させるように殺した二匹の犬への罪…。」
「…。」
「…どれも許せないわ。まさしく"万死に値する"ものよ。」
「だったら、どうすると?」
「こうするのよ。」
彼女はそう言うと、チカラを使って、空中の弾丸の向きを全て逆にした。
「何か言いたいことは?」
「…無いな。」彼はそう言って、薄笑いを浮かべた。
「じゃあ、サヨナラ。あの世でユダヤ人に詫びなさい。」
彼女がそう言うと同時に、6発の弾丸が、次々にヒトラーに命中したのだった。




