⑩ 暗躍する魔女
その頃、真田雪子は、兼ねてから個人的に気になっていた、歴史探索に出かけようとしていた。
サン・ジェルマンの名誉のためにも言っておくと、それは正に、彼女の個人的な好奇心…若しくは正義感からの行動だった。
だから、彼はこの件には、一切関わりが無いのである。
ただ彼女は、彼からシルバーのワーゲンビートルを借りていた。しかし、後々彼に迷惑をかけないように、その目的を明かさなかった。まあ、借りた理由の一つは、他の並行宇宙での、生身のタイムトラベルは、消耗が激しいからなのだが…。
今更だが、本来の彼女のフィールドは"照和"の時間軸。雪村の居るこの"昭和"の延長上の世界では、文字通りのヨソ者…エイリアンなのだ。
もっとも、最近は当たり前のように、すっかりコチラの世界に入り浸っているので、皆忘れがちになっていたのだが…。
彼女は早速、ビートルのセンターコンソールパネルの時空転位装置に、目的地の座標を入力した。
西暦1945年5月3日 木曜日 14時00分
南緯 52度 00分
西経 57度 00分
やがて彼女が到着したのは、フォークランド諸島の、南東沖の上空だった。
ビートルに光学迷彩をかけて、上空を飛ばしていると、眼下には、当時としては些かオーバーテクノロジーな感じの、近代的な砕氷船が見えてきた。
「流石に寒いわね。」
雪子は、思わず独り言を言ってしまった。
車内には暖房をかけて、いつものセーラー服の上からトレンチコートを着ているのだが、どうやら防寒対策が足りなかったようだった。
それもそのはずだった。
何しろここは、南極大陸まであと僅かの距離の、凍てつく海上なのだから…。
彼女は下に居る船に向けて、ゆっくりとビートルを近づけて行くと、最後はヒラリと、その甲板に飛び移った。
あとは、上空にビートルを戻し、光学迷彩をかけたまま、オートパイロットで旋回させたのだった。
注意深く甲板を歩きながら、目的の人物を探す彼女は、すぐにソレを見つけることが出来た。
彼は完全に油断し、安心しきっていた。
何故なら、ここまでの作戦は、完璧に遂行されたからである。
ただ彼にとって不運だったのは、ここで"超時空の魔女"たる真田雪子に、見つけられてしまったことだった。
そう、彼こそ誰あろう、歴史上にその悪名を轟かす、アドルフ・ヒトラーその人であった。




