表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

婚約破棄された侯爵令嬢、母の日記で王太子を暴く

作者: 夢見叶
掲載日:2026/01/13

「侯爵家は軍と密約し、王位簒奪を企てた。お前の母が証拠だ」


 王太子オズワルドの声が、謁見の間に響く。私――リゼット・ド・アルトワは、震える拳を握りしめた。

 婚約破棄。

 その言葉が、胸を刺す。だが本当に許せないのは、それじゃない。

 亡き母への冤罪だ。

 母は誇り高い人だった。侯爵家の妻として、領民を愛し、誠実に生きた。その母が、王位簒奪の密約など――ありえない。


「殿下」


 私は顔を上げる。


「私は母の名誉を暴きます」


 オズワルドの眉が跳ねる。周囲の貴族たちがざわめいた。


「何を言っている。証拠は――」

「ならば、証拠で示しましょう」


 私は踵を返し、謁見の間を出る。背中に視線の束が突き刺さる。だが足を止めない。

 廊下に出た瞬間、ひとつの影が私の前に立ちはだかった。

 北方公爵、ヴォルフレド・フォン・エーベルハルト。

 冷徹な軍人として恐れられる彼は、氷のような瞳で私を見下ろす。


「侯爵令嬢」


 低い声。


「私が証人になる」


 ――は?

 思わず目を見開く。公爵が、なぜ私に?


「殿下の主張には、軍部の記録が関わる。私は軍務公爵として、真実を明らかにする義務がある」


 淡々とした口調。だがその瞳は、私だけを映していた。


「……ありがとうございます」


 私は頭を下げる。公爵は無言で頷き、踵を返した。

 その背中を見送りながら、私は胸の奥で誓う。

 母さん、必ず――必ず、あなたの名誉を取り戻す。


 屋敷に戻った私は、すぐに母の部屋へ向かった。

 遺品整理で見つけた、あの日記。

 暗号で書かれた軍事予算の記録。当時は意味が分からなかったけれど、今なら分かる。これが武器だ。


「お嬢様」


 侍女のマルタが声をかける。


「王太子殿下からの使者が」

「……何を」

「3日以内に、領地を明け渡せと」


 息が止まる。

 3日――。

 期限を切られた。急がなければ。


「分かったわ。使者には、検討すると伝えて」


 マルタが頷いて去る。私は日記を抱きしめた。

 母さん、信じて。


 翌日、王宮へ向かう私を待っていたのは、近衛騎士ガレスだった。


「侯爵令嬢、少しよろしいですか」


 彼は声を潜める。


「王太子殿下は、軍部の支持を失いつつあります」

「……え?」

「軍事予算の不正使用疑惑が、一部の将校から囁かれているのです。それを隠すために、侯爵家を――」


 言葉が途切れる。私は息を呑んだ。

 つまり、母が監視していた軍事予算の記録を隠すために、私たちを断罪しようとしている?


「ガレス、ありがとう」

「どうか、ご無事で」


 彼は敬礼して去る。私は拳を握りしめた。

 王太子、あなたは母を利用したのね。

 許さない。


 宮廷廊下を歩いていると、突然、後ろから声がかかった。


「侯爵令嬢」


 振り返ると、公爵ヴォルフレドが立っていた。


「公爵――」

「こちらへ」


 彼は私の前に立ち、他の貴族たちの視線を遮る。まるで、盾のように。


「侯爵令嬢の後ろは、私が守る」


 低い声で告げると、彼は歩き出す。私は慌てて後を追った。

 なぜ、こんなにも――。


「公爵、どうして私を」

「お前は、真実を求めている」


 彼は立ち止まり、私を見下ろす。


「それだけで十分だ」


 その瞳に映る、静かな決意。私は胸が熱くなるのを感じた。


 だが、王太子の攻勢は止まらない。

 貴族会議で、オズワルドは高らかに宣言した。


「先代侯爵の妻が、軍部と密約書を交わした証拠がある。侯爵家は王位簒奪を企てていたのだ」


 周囲の貴族たちが、私を見る。その視線は、疑念と軽蔑に満ちていた。

 私は日記を握りしめる。

 母さん、あなたは誇り高い人だった。私はその娘よ。

 負けない。


 その夜、私は母の墓前に立った。


「お母様、必ず真実を明かします」


 月明かりが、墓石を照らす。母の優しい笑顔が、脳裏に浮かぶ。


「お前は強い子ね、リゼット」


 母の声が、聞こえる気がした。

 私は涙を拭い、立ち上がる。

 明日も、戦う。


 翌日の貴族晩餐会。

 オズワルドが、私に近づこうとした瞬間――。


「殿下」


 ヴォルフレドが、間に割って入る。


「侯爵令嬢は、私の隣に」


 その声に、周囲が息を呑む。公爵が、王太子を遮った。

 オズワルドの顔が、歪む。


「公爵、これは――」

「軍務公爵として、侯爵家の調査に関わっている。殿下のご理解を」


 淡々とした口調。だがその瞳は、冷たく光っていた。

 オズワルドは舌打ちして、去る。私はヴォルフレドを見上げた。


「公爵……」

「お前を、誰にも渡さない」


 低い声で告げると、彼は私を晩餐の席へ導く。私の心臓が、激しく跳ねた。


 晩餐後、ヴォルフレドが私に告げる。


「王立裁定院への申し立てを手配した」

「え……」

「私が証人になる。お前は一人じゃない」


 その言葉に、胸が熱くなる。


「ありがとうございます」

「礼はいい。ただ――」


 彼は私の目を真っ直ぐ見つめる。


「お前の大切なものは、私が守る」


 その瞳に映る、静かな誓い。私は頷いた。

 信じる、この人を。


 だが翌日、最悪の知らせが届く。


「お嬢様、王太子殿下の兵が屋敷を包囲しています」


 マルタの声に、私は飛び起きた。


「何ですって」

「家宅捜索の令状を持っています。母様の日記を――」


 絶望が、胸を押し潰す。

 日記を奪われたら、全てが終わる。


「マルタ、日記は――」

「ご心配なく」


 扉が開き、ヴォルフレドが入ってくる。


「日記は、既に公爵家の金庫に」

「……え?」

「お前が屋敷を出た翌日、私が預かった」


 彼は淡々と告げる。私は目を見開いた。


「公爵、それは――」

「王太子が動くことは予測していた。お前の武器は、私が守る」


 その言葉に、涙が溢れそうになる。

 ヴォルフレド、あなたは――。


「ありがとうございます」

「礼はいい」


 彼は私の頭に手を置く。


「お前を、守ると決めたのだから」


 その温もりに、私は初めて、心から安堵した。


 王太子の兵が屋敷を捜索するが、日記は見つからない。オズワルドの焦りが、報告から伝わってくる。

 ヴォルフレドは、私に王立裁定院への同席権を与えた。


「公爵家の名において、侯爵令嬢に裁定への同席を許可する」


 その宣言に、周囲の貴族たちが驚愕する。

 公爵が、私に権限を?


「ヴォルフレド様……」

「リゼット」


 彼は初めて、私を名前で呼んだ。

 心臓が、激しく跳ねる。


「お前は、私が守る」


 その瞳に映る、静かな決意。私は頷いた。

 信じる――この人の全てを。


 そしてついに、裁定の日が来た。

 謁見の間に、全貴族が集まる。王立裁定院長が、中央に立った。


「本日の議題は、侯爵家の王位簒奪疑惑について」


 オズワルドが立ち上がる。


「侯爵家は軍部と密約し、王位簒奪を企てていた。証拠は――」

「待て」


 ヴォルフレドが、低い声で遮る。


「軍務公爵として、全軍部将校を召喚した。真実は、彼らが知っている」


 その言葉に、謁見の間の扉が開く。

 軍服を纏った将校たちが、次々と入ってくる。その数、50人以上。

 オズワルドの顔が、青ざめた。


「公爵、これは――」

「逃げ道は、ない」


 ヴォルフレドは冷たく告げる。

 そして私に、頷いた。

 今だ。


「裁定院長」


 私は立ち上がる。


「母の遺品を、提出します」


 手に持った日記を、裁定院長に渡す。彼は目を通し、暗号解読班を呼んだ。

 数分後、解読班の長が報告する。


「これは、軍事予算の正当な記録です。先代侯爵夫人は、軍部の腐敗を監視していた――」

「嘘だ!」


 オズワルドが叫ぶ。


「それは偽造だ!」

「では、証人を」


 ヴォルフレドが、将校たちを示す。


「軍部記録官、証言を」


 一人の老将校が前に出る。


「先代侯爵夫人は、軍務省の依頼で軍事予算を監査していました。その記録は、全て正当です」

「さらに」


 別の将校が続ける。


「王太子殿下の側近が、軍事予算を不正使用していた証拠もあります」


 謁見の間が、どよめく。

 オズワルドの顔から、血の気が引いた。


「ば、馬鹿な……」

「裁定院として、判決を下す」


 裁定院長が、厳かに告げる。


「侯爵家に、王位簒奪の意図はなし。むしろ軍部の腐敗を監視していた功績を認める。そして――」


 彼はオズワルドを見る。


「王太子オズワルド・レグルスには、侯爵家への誹謗中傷、および軍事予算不正使用の疑いにより、王太子位剥奪を検討する」


 謁見の間が、静まり返る。

 オズワルドは、震える手で壁にもたれた。

 貴族たちが、次々と私に頭を下げる。手のひら返し――だけど、今はどうでもいい。

 母さん、勝ったよ。


「リゼット」


 ヴォルフレドが、私の前に立つ。


「お前は、よく戦った」


 その言葉に、涙が溢れる。


「ヴォルフレド様……」

「だから――」


 彼は私の左手を取る。

 そして、全貴族が見守る中、私の薬指に何かを嵌めた。

 公爵家の印章指輪。


「リゼット、お前は私だけのものだ。全貴族の前で誓う」


 謁見の間が、再びどよめく。

 公爵が、侯爵令嬢に印章指輪を?

 私は、彼を見上げた。


「ヴォルフレド様……」

「お前を、公爵正妃として迎える。侯爵家の名誉は、私が守る。リゼットも」


 その瞳に映る、揺るぎない決意。

 私は、初めて心から笑った。


「はい」


 裁定から数日後、私は母の墓前に立っていた。


「お母様、やりました」


 墓石に手を置く。


「あなたの名誉は、守られました」

「リゼット」


 後ろから、ヴォルフレドの声。


「もう、行くぞ」


 振り返ると、彼が手を差し伸べていた。


「これからは二人で」


 私は頷き、その手を取る。


「はい」


 公爵家の馬車に乗り込む。ヴォルフレドが、私の手を握った。


「お前を、離さない」


 その言葉に、私は微笑む。


「私も、あなたを離しません」


 馬車が動き出す。窓の外、王都の景色が流れていく。

 母さん、私は――幸せになります。

 あなたの娘として、誇りを持って。

 そして――公爵ヴォルフレドの妃として。

 私は、公爵に選ばれた。

 そしてこれから、彼だけを選び続ける。

お読みいただき、ありがとうございました。


婚約破棄から始まる逆転劇、楽しんでいただけたでしょうか。リゼットの強さと、ヴォルフレドの静かな溺愛を描きたくて筆を執りました。


母の名誉を守るために戦う彼女と、彼女だけを特別扱いする公爵——この二人の関係が、読者様の心に残れば幸いです。


もし気に入っていただけたら、評価・ブックマーク・感想をいただけると嬉しいです。皆様の応援が、次の作品への励みになります。


また別の物語でお会いしましょう。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ