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『国の名の下に』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第五章 触れてはいけない線

妹の美咲は、政治の話をしない。


 それは意識的な態度というより、単純な距離感だった。

 ライブ、レッスン、SNS、フォロワー数。

 彼女の世界は、それだけで十分に忙しい。


 だから恒一は、妹の活動を「守るべき無垢なもの」だと勝手に位置づけていた。

 汚れた世界とは別の場所。

 父の裏社会とも、母の国家とも、団体の思想とも無縁な場所。


 その前提が、音を立てて崩れた。


 美咲から送られてきた番号を調べると、すぐに分かった。

 団体の「支援者」と繋がっている男の一人だった。

 裏の名刺交換で名前だけ聞いたことがある。表では、イベント運営会社の役員。


 恒一の胸の奥で、怒りが一気に立ち上がった。

 だが、それはいつもの「正しい怒り」とは質が違っていた。


 これは、日本のためではない。

 思想のためでもない。


 ただの、身内への侵入だ。


 団体の事務所に行くと、先生が一人で資料を整理していた。


「妹に、連絡が行ってます」


 恒一は、挨拶もせずに言った。


 先生は、手を止めなかった。


「そうか」


 それだけだった。


「どういうつもりですか」


 声が、少し上ずった。

 先生は、ようやく顔を上げた。


「心配するな。危ないことはさせない」


「そういう問題じゃない」


 恒一は、一歩前に出た。

 先生の目が、初めて冷たくなる。


「倉橋」


 名前を呼ばれる。

 それだけで、空気が変わった。


「組織にいる以上、完全に私的なものは存在しない」


 恒一は、言葉を失った。

 父の世界でも、母の世界でも、似た理屈は聞いたことがある。

 だが、それは家族の外で使われるものだと思っていた。


「利用する気ですか」


 先生は、否定しなかった。


「影響力がある。若い。イメージがいい」


 一つ一つが、評価項目だった。

 人ではなく、資源としての。


「国のためだ」


 先生は、そう付け加えた。


 その言葉が、恒一の中で、初めて空虚に響いた。


 事務所を出た後、恒一は父に電話をかけた。


「妹の件、知ってるか」


 父は、すぐには答えなかった。


「関わるな」


 しばらくして、そう言った。


「向こうの話だ」


「向こうって、どこだ」


 父は、低く笑った。


「お前が思ってるより、でかい」


 それ以上は、何も言わなかった。


 母にも連絡した。

 返事は、短かった。


「感情で動くな」


 いつもの言葉。

 だが今は、命令ではなく、回避に聞こえた。


 恒一は、自分の立ち位置を初めて見失った。


 国家のために動いているはずだった。

 正しい日本のために、怒っているはずだった。


 それなのに、

 家族を守るために声を上げることが、

 組織への反逆になる。


 その夜、団体のグループチャットに通知が入った。


「次、少し荒れる。覚悟しとけ」


 先生からの一文。


 恒一は、画面を見つめながら、拳を握った。


 ――線を越えたのは、誰だ。


 その問いは、

 外に向ければ敵になる。

 内に向ければ、自分を壊す。


 まだ恒一は、どちらを選ぶか決めていなかった。

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