表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『国の名の下に』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第三十二章 準備という沈黙

恒一の一日は、驚くほど静かだった。


 朝のコンビニで新聞を一部買い、見出しだけを流し読みする。自分の名前はない。代わりに、別の炎上、別の論争。世界は順調に回っている。


 彼はそれでいいと思った。


 必要なのは、目立たないこと。派手な正義ではなく、余計な傷を残さない手順。


 昼前、古いアパートの一室に戻る。壁に貼ったポスターも、机の上の資料も、すでに片づけてある。残っているのは、ノート一冊と、封筒が三通。


 父宛、母宛、妹宛。


 書き直しはしない。言葉は短い。


 父には、感謝と距離。  母には、理解と別れ。  妹には、謝罪だけ。


 彼は誰も責めない。責めることが、また誰かの朝を壊すと知っている。


 午後、蒼浜神社に立ち寄る。観光客はいない。掃き清められた砂利の音だけが響く。


 恒一は、深く頭を下げた。


 願い事はしない。


 代わりに、誓いを置く。


 ——この国を、これ以上壊さない。


 それは、何もしないという意味ではない。やるべきことを、選び間違えないという意味だ。


 境内を出ると、交差点で街宣車の残した紙片が風に舞っていた。拾い上げて、ゴミ箱に捨てる。旗も、スローガンも、今日は必要ない。


 夕方、海沿いの倉庫街を歩く。人目の少ない道。だが、誰にも見られないことを、彼は目的にしない。


 彼が整えているのは、


 事故を起こさないための準備だ。


 無関係な人間が巻き込まれない距離。時間。場所。


 夜、最後に携帯の電源を落とす。


 沈黙は、逃避ではない。


 選択だ。


 恒一は、椅子に腰掛け、目を閉じた。


 この国の朝が、明日も続くことを思い描きながら。


 その静けさの中で、


 彼は、覚悟だけを研いでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ