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『国の名の下に』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第二十九章 編集された真実

夜の編集室は、昼間よりも正直だ。


 蒼浜テレビ報道フロア。終電間際、デスクには空き缶と未整理の台本が散らばっている。モニターには、同じ映像が三つ並んで再生されていた。基地前の小競り合い。怒号、押し合い、警察の笛。


「使えるのは、ここだな」


 チーフディレクターが、停止ボタンを叩いた。画面に止まったのは、拳を振り上げる恒一の横顔だった。


「“過激派右翼の暴走”。絵が強い」


 若い記者が言いかけて、言葉を飲み込む。


「でも、直前に挑発してるのは――」


「分かってる」


 チーフは即答した。


「分かってるが、視聴率は文脈を食わない。顔を食う」


 別のモニターでは、左派の集会映像が流れている。整然としたプラカード、穏やかなスピーチ。


「こっちは?」


「夜枠には弱い。昼に回せ」


 決定は、数秒で下された。


 その頃、ネットの向こう側では、別の編集が進んでいた。


 動画配信プラットフォーム。左派系チャンネルのライブ配信が始まる。


《【緊急】過激派右翼、再び現場に》


 煽情的なタイトル。サムネイルの中心に、恒一の目が切り取られている。


「コメント、回ってます」


 モデレーターが言う。


「“怖い”“危険”“排除すべき”が多いですね」


 配信者は頷いた。


「感情が動いてる。いい流れだ」


 誰も、恒一の言葉を全文では流さない。


 誰も、彼が何を守ろうとしていたのかを説明しない。


 必要なのは、


 理解ではなく、配置だった。


 翌朝の新聞。


 一面ではないが、社会面の下段に小さな見出しが踊る。


《基地周辺で再び騒動 過激思想の影》


 「影」。便利な言葉だ。


 形を与えず、責任も取らない。


 母のもとにも、その記事は届いた。


 制服のまま、彼女は無言で紙面を折り畳む。


「……選ばれたな」


 それが、誰の物語かは言わない。


 一方、父の携帯には、別のニュースが流れてきていた。裏社会向けのまとめサイト。


《蒼浜、危険分子リスト更新》


 写真付き。恒一の名前。


「使い切られたか」


 父は、短く呟いた。


 妹のスマホにも通知が届く。


 ファンからのDM。


《お兄さんって、あの人?》


 現実が、私生活を侵食し始める。


 夜、玲奈はテレビを消した。


 ネットも閉じた。


 どこにも、彼はいなかった。


 いるのは、


 誰かが選んだ物語の断片だけだ。


 メディアは、問いを立てない。


 選択肢を削り、


 観る側が選んだと思い込める形に、


 世界を並べ替える。


 その夜、恒一は一人で歩いていた。


 街頭ビジョンに映る自分の顔を見上げながら。


 もう、理解される場所はない。


 残っているのは、


 どう終わるかだけだった。

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