第二十八章 正義の請求書
左翼の現場は、清潔に見える。
少なくとも、表からは。
透明性、説明責任、市民参加。掲げられる言葉は整っていて、書類も会計も形式上は問題ない。だが、その内側には、別の論理が静かに回っている。
蒼浜の市民団体連絡会。月に一度の定例会は、いつもと同じ公民館の会議室で開かれた。壁には「平和」「共生」「対話」の文字。蛍光灯の光が白すぎる。
第二十六章でマイクを握っていた女――名を玲奈とする――は、議題表をめくりながら、違和感を覚えていた。
「今月の寄付金、増えてますね」
会計担当が、淡々と数字を読み上げる。基地問題がメディアに取り上げられた直後。予想通りの流入だ。
「クラウドファンディングも好調です。動画の再生数が伸びている」
“動画”。
玲奈の視線が、部屋の隅に座る若い男に向く。編集担当を名乗るその男は、常に最新の機材を持ち込み、活動を切り抜いては配信している。
「刺激が足りないと、伸びないんですよ」
男は、悪びれずに言った。
「対立構図、分かりやすい敵、感情を煽る絵。正義はコンテンツです」
誰も、すぐには反論しなかった。
沈黙は、同意に近い。
「最近、過激な右翼がよく映り込んでるでしょう」
男は続ける。
「名前が売れてる。数字を持ってる人間は、使える」
玲奈の脳裏に、恒一の顔が浮かんだ。
「利用する、という意味?」
「コラボ、ですよ」
男は笑う。
「殴り合いにならないギリギリで。危険な香りは、再生数を稼げる」
その瞬間、玲奈は理解した。
右翼だけではない。
左翼の側にも、
ビジネスとしての正義が入り込んでいる。
別の年配の男が、話題を変えるように言った。
「助成金の件ですが、今年も申請が通りそうです」
国からの補助金。皮肉なことに、国家予算だ。
「対立は、ある程度維持した方がいい」
誰かが呟く。
「緊張感がないと、支援は集まらない」
玲奈は、ペンを置いた。
ここにも、父と同じ匂いがある。
理念より、生存。
正義より、継続。
会議後、玲奈は編集担当の男を呼び止めた。
「恒一を、画に使うつもり?」
「もう、使ってますよ」
男は、スマホの画面を見せた。サムネイルに大きく映る、険しい表情の恒一。
「元過激派右翼、孤立、暴走寸前。視聴者は、こういう物語が好きなんです」
玲奈の胸に、嫌な予感が広がる。
「彼は、危険なの」
「だからこそ、数字が出る」
男は、即答した。
その夜、玲奈はメモを書き足した。
《左派内部にも、利用と切り捨ての構造あり》
恒一だけではない。
誰かを“象徴”にした瞬間、
その人間は、守られなくなる。
左右の違いは、看板だけだ。
中で回っているのは、
同じ請求書だった。




