第二十五章 切り捨てられる旗
切り捨ては、宣言ではなく、手続きとして行われた。
恒一が団体の集会所に呼び出されたのは、平日の昼間だった。人目を避ける時間帯。警察も記者も動きにくい。そういう配慮だけは、最後まで丁寧だった。
古い雑居ビルの三階。畳の匂いに、消えかけた線香の残り香。壁に掲げられた日の丸は、端が少し色褪せている。
恒一は、その前に正座させられた。
向かいに座るのは、代表、副代表、会計、渉外。いつもの顔だ。だが、今日は誰も目を合わせない。
「本題に入る」
代表が言った。
「最近の一連の騒動について、団体として整理する必要がある」
資料が配られる。新聞の切り抜き、ネット記事のスクリーンショット、匿名掲示板の書き込み。どれも、恒一の名前だけが強調されている。
「過激化」「暴走」「個人的思想」
言葉は慎重に選ばれていた。団体の責任にならないように。
「お前の行動は、我々の理念とは一線を画す」
副代表が続ける。
恒一は、黙って聞いていた。反論すれば、その瞬間に“認めた”ことになる。
「よって、本日付で、君を除名処分とする」
淡々とした声だった。
それだけでは終わらない。
「併せて、これまでの問題行動については、すべて個人の独断と判断する」
つまり、
責任は、全部お前だ。
恒一は、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は、指示に従っただけだ」
代表は、首を横に振る。
「記録がない」
用意された答えだった。
「音声も、文書も、残っていない。君が勝手に解釈した」
恒一は、理解した。
父の供述。
母の提出した資料。
そして、団体の自己防衛。
すべてが、ここで一本に繋がった。
「警察からの問い合わせには、全面的に協力する」
代表の言葉は、決定打だった。
「団体としては、法治国家を尊重する立場だ」
法治。
その言葉を、恒一は初めて聞いた気がした。
集会所を出ると、建物の前に停まっていた車が、ゆっくりと走り去った。誰も、声をかけない。
数時間後、ネットに声明が出た。
《当団体は、過去の一部過激行為について、特定の個人による独断であったことを確認しました》
コメント欄は、荒れている。
「よく切った」
「極端な奴は危険」
「本当の愛国者じゃない」
恒一は、画面を閉じた。
旗は、振られるためにある。
だが、都合が悪くなれば、
真っ先に折られる。
その夜、知らない番号からメッセージが届いた。
《君の件、全部一人で被るなら、これ以上は追わない》
誰からかは、書かれていない。
だが、意味は明白だった。
恒一は、端末をポケットにしまった。
もう、逃げ場はない。
国家にも、家族にも、組織にも。
残された選択肢は、
自分で幕を引くことだけだった。




