第二十四章 保護という名の空白
妹が姿を消したのは、ニュースにもならない形だった。
地下アイドルの現場では、欠席は珍しくない。体調不良、学業、家庭の事情。理由はいくらでも用意できる。運営が出した文言は、簡潔で、誰も深く追及しない。
《当面の間、活動休止》
それだけだった。
恒一が異変に気づいたのは、連絡が取れなくなって三日目だ。既読はつかず、運営の窓口は定型文を返すだけ。知っているスタッフの番号は、すべて繋がらなかった。
母の言葉が、遅れて蘇る。
――保護対象にはなる。
だが、現実に目の前にあるのは、空白だった。
恒一は、港近くの雑居ビルへ向かった。妹が通っていたレッスンスタジオ。シャッターは半分下り、貼り紙が一枚。
《関係者以外立入禁止》
関係者とは、誰のことだ。
裏口に回ると、鍵が壊されていた痕跡がある。こじ開けられた跡。雑に戻されたドア。内部は片付いているが、急いで“処理”された清潔さがあった。
近くのコンビニで、夜勤の店員に声をかける。
「ここ、最近、何かあったか」
店員は、少し考えてから、声を落とした。
「黒いワンボックスが、何度か。夜中に。警察っぽくも、そうじゃなくも見えた」
その曖昧さが、嫌に具体的だった。
その夜、恒一の端末に、非通知の着信が入る。
「探すのは、やめた方がいい」
男の声。若くも老いてもいない。訓練された抑揚。
「彼女は“安全な場所”にいる。君が静かにしていれば、問題は起きない」
「会わせろ」
「それは出来ない」
通話は、それで切れた。
翌日、郵便受けに封筒が入っていた。差出人なし。中には、妹の私物が一つだけ。ステージ用の小さなリボン。血も、汚れもない。
だが、それで十分だった。
生きていることの証明と、近づくなという警告。
恒一は、母に連絡した。官用回線は繋がらない。個人の番号は、既に使われていなかった。
代わりに届いたのは、短いメールだ。
《これ以上関与すれば、彼女の保護は解除される》
保護。
その言葉が、完全に意味を失った瞬間だった。
妹は、国家にとって守る対象である前に、管理すべきリスクになっていた。
恒一は、初めて理解した。
自分の思想が、
自分の言葉が、
自分の行動が、
一番近くにいる人間を、最初に壊していたという事実を。
夜、港の倉庫街で、恒一は一人、座り込んだ。
怒りは、もう向ける先がない。
国家は答えない。
組織は沈黙する。
家族は、切り離された。
残ったのは、
取り返しのつかない現実だけだった。




