二十一章 血縁という国家
父親が逮捕されたという知らせは、ニュースではなく、一本の短い電話だった。
「お前の親父、やられたぞ」
発信元は、父の若い衆でも、組の上の人間でもなかった。警察と繋がりのある、いつもの“顔の見えない男”だ。蒼浜署の裏口、夜中にしか灯らない蛍光灯の下で、情報だけが取引される世界にいる人間。
恒一は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が奇妙に静かになるのを感じた。
驚きはない。悲しみも、怒りも、ほとんどない。
――ああ、来たか。
それだけだった。
父は暴力団幹部としては、派手なタイプではなかった。覚醒剤にも手を出さず、女で身を崩すこともない。ただ、金と人を動かすことに長けていた。政治団体への資金提供、街宣車の修理費、集会後の「後始末」。
恒一が過激派右翼団体で急速に存在感を増した裏には、父の金と裏の調整力があったことを、恒一自身も否定しない。
だが、父はいつも言っていた。
「俺は国のためにやってるわけじゃねえ。生き残るためだ」
その現実主義を、恒一は軽蔑していた。
父は、港近くの倉庫で捕まったという。表向きは不法投棄と銃刀法違反。だが本命は別だ。政治団体と暴力団を繋ぐ資金の流れ。名前が表に出ないよう、慎重にやってきたはずだった。
恒一は面会には行かなかった。
行けば、言われることは分かっている。
「お前は、お前の道を行け」
それは応援でも、拒絶でもない。ただの切り捨てだ。
数日後、今度は母親から連絡が入った。
母は、自衛隊の制服を脱いでからも、私服で会うことはほとんどなかった。姿勢、口調、視線――すべてが規律のままだ。
「あなた、最近、目立ちすぎている」
それが、久しぶりに聞いた母の第一声だった。
「国家のために動いているのなら、なおさらだ。組織は個人を守らない」
その言葉は、忠告でも心配でもない。事実の提示だ。
恒一は、思わず笑いそうになった。
「それを言うために、連絡してきたのか」
「違う」
母は一瞬だけ間を置いた。
「あなたが“切られる側”に回りつつある。その現実を、理解しているかどうかを確認したかった」
母の言葉には、感情がない。それが、恒一を一番苛立たせた。
「母さんは、国家に守られたか?」
問いかけると、受話器の向こうで、微かな沈黙が生まれた。
「……私は、守られる側に立つ努力をしてきた」
努力。
その言葉が、刃物のように胸に刺さる。
夜、妹からメッセージが届いた。
《兄貴、最近、現場に来ないで。お願い》
理由は書かれていない。だが、想像はついた。兄の存在が、彼女の“現場”にとって、危険物になり始めている。
地下アイドルの世界は、政治と無縁でいられるほど、甘くはない。スポンサー、イベント、警備、裏の人間。すべてが、どこかで繋がっている。
恒一は、返信を書きかけて、消した。
守ると言えば、嘘になる。
国家のため。
その言葉を使えば、妹を危険に晒す理由にもなってしまう。
父は捕まり、母は距離を取り、妹は恐れている。
それでも、団体の中では、恒一の名前だけが独り歩きを始めていた。
過激で、使えて、捨てやすい男。
破滅は、もう、加速していた。




