表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『国の名の下に』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/36

二十一章 血縁という国家

父親が逮捕されたという知らせは、ニュースではなく、一本の短い電話だった。


「お前の親父、やられたぞ」


 発信元は、父の若い衆でも、組の上の人間でもなかった。警察と繋がりのある、いつもの“顔の見えない男”だ。蒼浜署の裏口、夜中にしか灯らない蛍光灯の下で、情報だけが取引される世界にいる人間。


 恒一は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が奇妙に静かになるのを感じた。


 驚きはない。悲しみも、怒りも、ほとんどない。


 ――ああ、来たか。


 それだけだった。


 父は暴力団幹部としては、派手なタイプではなかった。覚醒剤にも手を出さず、女で身を崩すこともない。ただ、金と人を動かすことに長けていた。政治団体への資金提供、街宣車の修理費、集会後の「後始末」。


 恒一が過激派右翼団体で急速に存在感を増した裏には、父の金と裏の調整力があったことを、恒一自身も否定しない。


 だが、父はいつも言っていた。


「俺は国のためにやってるわけじゃねえ。生き残るためだ」


 その現実主義を、恒一は軽蔑していた。


 父は、港近くの倉庫で捕まったという。表向きは不法投棄と銃刀法違反。だが本命は別だ。政治団体と暴力団を繋ぐ資金の流れ。名前が表に出ないよう、慎重にやってきたはずだった。


 恒一は面会には行かなかった。


 行けば、言われることは分かっている。


「お前は、お前の道を行け」


 それは応援でも、拒絶でもない。ただの切り捨てだ。


 数日後、今度は母親から連絡が入った。


 母は、自衛隊の制服を脱いでからも、私服で会うことはほとんどなかった。姿勢、口調、視線――すべてが規律のままだ。


「あなた、最近、目立ちすぎている」


 それが、久しぶりに聞いた母の第一声だった。


「国家のために動いているのなら、なおさらだ。組織は個人を守らない」


 その言葉は、忠告でも心配でもない。事実の提示だ。


 恒一は、思わず笑いそうになった。


「それを言うために、連絡してきたのか」


「違う」


 母は一瞬だけ間を置いた。


「あなたが“切られる側”に回りつつある。その現実を、理解しているかどうかを確認したかった」


 母の言葉には、感情がない。それが、恒一を一番苛立たせた。


「母さんは、国家に守られたか?」


 問いかけると、受話器の向こうで、微かな沈黙が生まれた。


「……私は、守られる側に立つ努力をしてきた」


 努力。


 その言葉が、刃物のように胸に刺さる。


 夜、妹からメッセージが届いた。


《兄貴、最近、現場に来ないで。お願い》


 理由は書かれていない。だが、想像はついた。兄の存在が、彼女の“現場”にとって、危険物になり始めている。


 地下アイドルの世界は、政治と無縁でいられるほど、甘くはない。スポンサー、イベント、警備、裏の人間。すべてが、どこかで繋がっている。


 恒一は、返信を書きかけて、消した。


 守ると言えば、嘘になる。


 国家のため。


 その言葉を使えば、妹を危険に晒す理由にもなってしまう。


 父は捕まり、母は距離を取り、妹は恐れている。


 それでも、団体の中では、恒一の名前だけが独り歩きを始めていた。


 過激で、使えて、捨てやすい男。


 破滅は、もう、加速していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ