第十六章 可視化される敵
顔が出る、ということは、
敵もまた、はっきりするということだ。
恒一の名前は、まず小さな媒体に載った。
地方紙の片隅。
ネットニュースの転載。
「若手活動家」「保守系論客」。
どれも、当たり障りのない肩書きだった。
写真は、事務所が用意したものだ。
背景は白。
表情は硬すぎず、笑いすぎず。
作られた無害さ。
反応は、すぐに出た。
称賛。
罵倒。
揶揄。
恒一は、コメント欄を見なかった。
見る必要がないと、教えられていた。
「敵は、画面の向こうじゃない」
先生の言葉を、思い出す。
実際の敵は、もっと近くにいた。
数日後、大学時代の知人から連絡があった。
今は、市民団体に関わっている男だ。
《お前、何やってる》
短いメッセージ。
怒りと困惑が混じっている。
恒一は、返信しなかった。
沈黙が、
立場を明確にすることもある。
街では、小さな変化が起き始めていた。
駅前でのビラ配り。
再開発反対の集会。
参加者の顔ぶれが変わっている。
若者が減り、
年配者が増えた。
怖がらせた結果だ。
それを、成果と呼ぶ人間がいる。
ある夜、恒一は街宣車に同乗した。
自分がマイクを握るわけではない。
ただ、姿を見せる。
交差点で、怒号が飛んだ。
「人殺し!」
誰かが叫んだ。
事実ではない。
だが、否定もできない。
警察が間に入り、
騒ぎは大きくならなかった。
恒一は、
その一言が、
思った以上に効いていることに驚いた。
夜、自宅に戻ると、
妹が黙ってスマートフォンを差し出した。
SNSの画面。
自分の写真。
誹謗中傷。
「大丈夫?」
心配の声だった。
恒一は、頷いた。
「慣れる」
それが、
本当かどうかは分からない。
翌日、スーツの男から連絡があった。
「君の存在で、
動きが鈍っている」
褒め言葉だ。
「だが、
次は逆も来る」
逆。
圧力。
告発。
スキャンダル。
「覚悟は」
問われる前に、
恒一は答えていた。
「あります」
それが、
自分の声だと認識するのに、
少し時間がかかった。
敵は、
もはや抽象ではない。
顔があり、
声があり、
生活がある。
そして、
自分もまた、
誰かにとっての
可視化された敵になった。
この場所に立つ以上、
もう、
安全な匿名性はない。
恒一は、
それを受け入れた。
受け入れた瞬間、
何かが、
確実に削れていくのを、
感じながら。




