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『国の名の下に』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十一章 沈黙の対価

沈黙は、金になる。


 恒一は、その事実を身をもって知ることになった。


 数日後、蒼浜市内の小さな料亭で会合があった。

 表向きは、地元有志の懇談会。

 だが、集まっている顔ぶれは明らかに場違いだった。


 市議会議員。

 建設会社の役員。

 港湾組合の幹部。

 そして、恒一たちの団体からは、先生と、あのスーツの男。


 恒一は、末席に座らされていた。

 発言権はない。

 だが、聞かせるために呼ばれている。


「例の件は、もう終わった」


 市議が、酒を口に運びながら言った。


「騒ぐ連中も、静かになった」


「ありがたい話だ」


 建設会社の男が、即座に応じる。


「工期が延びれば、損失が大きい」


 誰も、「殴られた人間」の話はしない。

 存在しなかったかのように。


 スーツの男が、恒一の方を一瞬だけ見た。


「若い人たちの協力があってこそです」


 その言葉に、議員が頷く。


「若さは、時に力になる」


 その表現が、妙に引っかかった。


 力。

 便利な言葉だ。

 暴力も、圧力も、

 すべて包み込んでしまう。


 会合の終盤、封筒が配られた。

 中身は、現金だった。


「活動費だ」


 先生が、淡々と言った。


 恒一は、受け取らなかった。


「どうした」


「これは……」


 言葉が、続かなかった。


 スーツの男が、代わりに口を挟む。


「責任の分配だ」


「責任?」


「そうだ。

 君たちが動いた結果、

 多くの人間が助かっている」


 誰が助かったのか。

 誰が犠牲になったのか。


 その線引きは、誰もしない。


 結局、封筒は恒一の鞄に入れられた。

 拒否権は、なかった。


 帰り道、駅前で騒ぎが起きていた。

 酔った男が、警察に絡んでいる。


「税金泥棒が!」


 ありふれた光景。

 だが、恒一の目には違って見えた。


 警官の表情。

 周囲の野次。

 誰も、正義の所在を気にしていない。


 その夜、恒一は封筒を開けた。

 中身を確認し、すぐに閉じた。


 妹の部屋から、音楽が聞こえる。

 ヘッドホン越しに歌っている声。


 その日常が、異様に脆く感じられた。


 金で買われた沈黙。

 暴力で守られた秩序。


 それが、国家だと言われたら、

 自分はどこに立てばいいのか。


 翌朝、母から短いメッセージが届いた。


《最近、動きが荒い。

 自分の立場を考えなさい》


 立場。

 その言葉が、刃のように胸に刺さる。


 守るために沈黙するのか。

 沈黙するために守るのか。


 恒一は、封筒を机の引き出しにしまった。

 鍵は、かけなかった。


 いつでも開けられるように。

 いつでも、捨てられるように。


 だが本当は、

 捨てる覚悟がないことを、

 自分が一番よく分かっていた。


 沈黙には、対価がある。

 そして、その支払いは、

 必ず、後からやってくる。

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