親が選んだ相手
会社が倒産した。
朝、出社したら閉まってた。
俺含め、社員一同茫然。
……どうしよう。
俺は何も……恥ずかしながら何も考えられず、
嫁に電話した。
嫁はパートで、スーパーでレジ打ちをしている。
「なに? 仕事中なんだけど」
「すまん、あの」
俺はゼイゼイ息を切らした。焦りと恐怖でまともに喋れない。
「落ち着いて。何があったの?」
そう言う嫁の声は、ものすごく落ち着いていた。それで俺の胸の動機も少し収まって来た。
「その、会社が、潰れたんだ」
それでもそう言うには勇気がいった。嫁がどう答えるのか不安だったから。
だって、住宅のローンも終わってない……子供の教育資金も……。そして何より問題なのは、俺が今まで、今まで家庭を、その、その、
「だから、その、俺は、俺は」
無職になってしまった。
今まで、嫁に、専業主婦時代の嫁に、まるでトドみたいだとか、良い御身分とか言ってきた。
その、俺が、無職。
「俺は、その」
「失業保険に入ってるでしょ」
嫁の冷静な声が響いた。
「あ、うん」
「だったら貴方の小遣いは心配ないじゃないの」
ただし今までのように贅沢したいなら、早く次の仕事を見つけることねと嫁。
嫁は続けてサラッと言った。
「実は私、正社員にならないかって言われてるの。だから生活は心配しなくていいわ」
「え?」
「貴方の収入には及ばないかも知れないけど、路頭に迷うことは無いわよ。ローンも払えるし」
よ、よかった、と俺は思わず言って安どのため息をついて……はっと我に返った。
ということはこれから、俺も家事子育てを分担、いや、ほぼしなきゃいけないのか。
仕事見つけるまで。
白状すると俺は子供が苦手だ。愛していないわけじゃない。でも。
息子のおむつなんて、一度もかえたことがない。遊びに連れていくのもほとんどしていない。
そんな俺がこれから一から覚えなきゃいけないのか。
そんなことを考えていた時だった。
「で、生活は心配ないけど、それよりあなた、浮気相手のことはどうなさるの?」
……。
え?
ちょ、え?
「今妊娠してるんでしょ。お金がいるんじゃないの? だってあの人、今は働いてないでしょう?」
え、あの、あの、ちょっと、待って、
「あなた聞いてるの? 浮気相手の生活費、今まで私が渡してけどそれが出来なくなるのよ。それ分かってる?」
ちょっと待って!
生活費渡してた?
どういうことだ?
て、て、ことは、
全部知ってたのか?
「わ、わ、わ」
わ、以外の言葉が出てこない。
「とにかく仕事だから切るね。あ、それから一度、顏見に行ってあげて。すごく不安がってたわよ」
俺はその場にへたり込んだ。
傍にいた同僚が必死で俺を励ましてくれた。大丈夫か? しっかりしろってね。
よほど、青い顔をしていたんだろう。そりゃそうだ。
俺にとってはもう、会社の倒産なんかどうでもよかった。
なんかもう、至近距離からバツーカぶっ放されたみたいだった。
それからどうなったかと言うと……。
浮気相手から、もう会いに来ないでと言われた。
へっ?
そ、それって、つ、つまり、
「ま、まって、どうして」
「貴方が奥さんと別れない理由が分かった。だからよ」
「で、でも」
「でもも何もない。どうか奥様を大事にしてあげてね」
そう言って彼女は田舎に帰った。子供は親元で産むとのことだった。
嫁から、生まれた子はちゃんと認知してやれと言われた。
「あんたに甲斐性があるなら出来るでしょ」
あ、はい。
ちなみに、俺の嫁は、俺の母親が探してきた。
――こいつには勝てん。
そう思う俺だった。




