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第9話 徴税官に完全論破ハラスメント

 何故、絶対強者であり、威圧すれば大抵の人間を追い払える『黄昏の盟約』が、律儀に納税義務に従っているのか。

 明確な理由はあるようだが、リクは教えてもらっていない。


 おそらく、リクが『弱いから』であり、求めている仕事と違うからだ。


 エレノア王女とは交渉した。あとは……徴税官だ。


「さて、黄昏の盟約の諸君。今期の集金日だ」


 尊大な態度で入ってきたのは、こちらに見下した目線を向ける、太った中年男性。


「ん? 見慣れない小僧がいるな。まぁいい」


 貴族の顔なら覚えているだろうが、平民の顔など覚えていない。

 そして平民ならば、『貴族が作った、貴族のための節税の法律』を知らないはず。


 そう思っているからこそ、そこまで一瞬で考えられるほど頭の回転が速いからこそ、彼は選ばれてここに来たのだ。


「マルモン子爵様ですね。私が今回から、このクランの会計を務めるリクと言います」

「……聞いたことがないな、やはり平民か、ならどうでもいい」


 マルモン子爵は、紙の束をテーブルにたたきつける。


「さて、今期の納税額だが……まず、君たちが保有する『古代遺物』! これは『王室古美術品保護法』の拡大解釈により、特別資産税が20%課せられることになった! さらに、この森に住んでいること自体が、周辺地域への『魔力汚染』と見なされるのだ! よって、環境税として金貨5000枚を追加で徴収する!」


 リクは、唖然とした。

 ……が、すぐに正気を取り戻して、自分の手元にある、たった一冊のファイルを開く。


「マルモン子爵様、ご足労いただきありがとうございます。今期の納税額でしたら、こちらに計算書をご用意しております」


 彼は書類を、マルモン子爵の前に滑らせる。

 それを見たマルモン子爵は、激昂した。


「なんだこれは! この程度の額で済むと思っているのか!」

「はい。まず、ご指摘の『特別資産税』ですが、その根拠となる『王室古美術品保護法』には、そのような条文は見当たりませんでした。代わりに、我々は先日、王女エレノア殿下の勅許を得て、対象品を『王立学園への貸与品』として文化財登録を済ませております。よって、これは非課税対象です。こちらが、王女殿下直筆の署名入り許可証の写しです」

「なっ……!? なんだと!?」

「次に『環境税』ですが、これもまた、王国法典には存在しない税ですね。むしろ、我々は先日、王女殿下にこの森の所有権を献上し、『王家公認の森林管理人』に任命されました。国定公園の管理人が、環境税を払うというのは、前例がありませんが……」


 リクの言葉にうろたえ始めたマルモン子爵だが……。


「ぐっ……くそ、まだあるぞ! このクランには、人間以外の構成員……エルフやら何やらがいる。『王都内における異種族共生に関する特別監督税法』に基づき、非人間の構成員一人につき、月額金貨1000枚の追加納税が義務付けられている。知らなかったでは済まされんぞ!」


 法律の制定理由としては、正体不明の団体への、恐怖心と排他意識を煽る、いかにもありそうなものだ。払えなければ「危険な異種族を違法に匿っている」と吹聴できる。


 まぁ、『ありそうなもの』でしかない。


「恐れ入ります、マルモン子爵様。私も、この国の税法と市民法については、一通り目を通しておりますが、個人の種族を理由に課税されるという法律は、寡聞にして存じ上げません。よろしければ、その法律が公布された際の、官報の番号をご教示いただけませんでしょうか? 私も勉強不足ゆえ、今後のために記録しておきたく」


 そんなものはない。と言っても聞くわけがない。

 だからこそ、『どこにそんなことが書かれているのか』を問う。

 ただそれだけのことだが……。


「こ、小賢しい……まだだ! 君たちのクランには、元王国最強の英雄をはじめ、一個師団にも匹敵する、あまりに強大すぎる戦力が存在するが、王国の正規軍の指揮系統には属しておらず、安全保障における『潜在的な不安定要素』と見なされる。よって、その独立性を維持する『特権』に対する協力金として、クランの総資産の5%を、毎年、国防費として納めたまえ」


 強さそのものを脅威とみなし、それを理由に課税する。

 無茶苦茶な論法だが、払わなければ「反逆の意志あり」と吹聴するのだろう。


「ご懸念は理解できます。そして、我々の戦力が王国の安全保障に貢献すべき、というご意見ももっともです。そのため、先日、エレノア王女殿下より、我々は『黒き森』の王家公認管理人に任命されました。我々は、すでに『協力金』以上の形で、王国の安全保障に貢献しておりますが、何か?」


 正直に言えば、リクからみて、この『黒き森』は、強力なモンスターが多く住み着く魔境のようなものだ。

 モンスターたちは、より多くの魔力を求めているためあまり森の外から出ない……のではなく、『ヴァルフレアたちが威圧しているから、森から出ない』のだ。


 むしろ、この森からヴァルフレアたちがいなくなる方が、王国にとってやばい状態になる。

 そもそも、マルモン子爵が『森の中』に入ってきて、この屋敷まで安全にやってくることができることそのものが、ヴァルフレアたちの武威の結果だ。


「君たちが『黒き森』の公的な管理人になったことは、実に喜ばしい。しかし、この800年間、王国はこの『係争地』のために、どれだけのコストを支払ってきたか。君たちが『管理人』となった以上、その過去800年分の行政コストを、君たちが負担するのが筋というものだ。請求書はそうだな……金貨50万枚ほどになるかな?」


 解決したはずの『領土問題』を蒸し返し、『過去』という、反論のしようがないものを盾にした、悪質な請求だ。

 善意で問題解決に協力した相手に、恩を仇で返すようなやり口であり、言われた側がまともな感性を持っていれば、言葉が詰まるだろう。


 ただし。


「それは興味深い法解釈ですね。しかし、エレノア殿下より賜った書類には、我々が管理人となるのは『これより後』と明記されており、過去の債務に関する記述は一切ございません。過去の行政コストを請求するのであれば、その請求先は、当時の係争相手であった、800年前の『黄昏の盟約』になるかと。……我々が、我々自身に請求書を送ればよろしいでしょうか?」


 頭の回転は、リクも早いのだ。


 というより、そういう柔軟性を持っていないと、ヘクターナイツでの激務に耐えられないのだ。


「ぐ、ぎぃ……」


 マルモン子爵は歯を食いしばる。

 それを見たリクは、呆れた。


「はぁ……おとなしく、これに従ってくれませんか?」


 リクは、自分が作った計算書を指さした。


「な、なんだその態度は! こんなものに我々が従うか!」

「……では、たった一つ、要求させていただきたい。それを受け入れていただければ、計算書の作り直しも考えますよ」


 横で聞いているヴァルフレアがぴくっと頬を動かした。


 リクがマルモン子爵の圧に押されたのか? と一瞬考えたのだろうが……。


「ほう、なんだ? 言ってみろ」

「古い法律ですが、まだ改定はされていないものとして……『王権濫用防止及び過剰徴税還付に関する勅令』……まあ端的に言えば、還付金に関する法律があるんですよ」

「なんだと?」

「『法の定めぬ根拠、あるいは不当な強制によって徴収された税金は、王家の名において、全額これを還付すべし』とあります。なんなら、今から『徹底監査』でもやりますか? すればよろしい。それは……」


 新しい書類を見せる。


「この、3億740万枚の『過剰納税金還付請求書』を裏付ける、絶対の証拠になるでしょう」

「さ……3億740万枚の、還付金だと!?」


 王国の国家予算は4000万枚。

 それと比べても圧倒的な数字だ。


「監査もなしに、請求した分を払えとは言いませんよ? ただ、監査をすれば、この請求書の正しさは証明される。しかし、監査をやらないことはそちらの都合。私が作った計算書に従ってください」

「……」

「『監査をして、請求額を払う』か、『急用を思い出して、計算書だけ持って帰る』か、どちらか選んでください」


 必要があれば監査をするために、部下を引き連れてきている。

 だが、できない。


 彼に、3億枚以上の金貨を用意など、できない。


「ぐっ、く、た、タダで済むと思うなよ。小僧!」


 リクが書いた計算書をひったくるマルモン子爵。

 そのまま、ズカズカ歩いて、部屋を出て行った。


(はぁ、しっかし、存在しない法律をその場で考えて徴税するとは、日本の財務省よりひでぇな)


 そんなことを思いながら、リクはため息をついた。

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