第8話 リクの木工。薬草調合や武器研磨まで!?
エレノアとの交渉が終わった後。
リクはリリアと一緒に、黄昏の盟約のクランハウスに来ていた。
そもそも、今日、学校は休みである。
ヘクターナイツは学校が休みの日を『稼ぎ時』と判断して、仕事を作るのでリクが必要だったし、エレノアは生徒会長としてやることがあるので学校にいただけだ。
授業はない。
そのため、そのまま帰っても問題はない。
「……さて、こいつらどうするかな……」
屋敷の中で、私室が与えられた。
なお、『居住用』と『仕事用』で別である。
……というと破格の待遇となるが、ヴァルフレアもギデオンもリリアも、『事務作業』がほぼできないため、書斎は埃をかぶっていたくらいだ。
しかもその書斎も、『記録』やら、『伝説の本』はいろいろあったが、『それらを元に何かしらの事務作業をした記録がない』のだ。
リクはまだ聞かされていないが、絶対強者の集団である『黄昏の盟約』は納税義務をしっかりやっている。
それらの書類を見る限り、『かなり金を引っこ抜かれている』ようだが、『節税のための書類』はほとんどなかった。
ただ、『記録がないと人間はうるさい』ということを理解しているのか、整理はされていなかったが、手に入れたものに関する記録は多かった。
「私室に持ってきたのはいいけどなぁ」
王都の自宅にあった、木工で作った機械たち。
便利ではあるが、『普通のクランで使う』ことを想定しており、強者ばかりのこのクランでは、性能が追いつかないのだ。
「リク。入るぞ」
「えっ?」
ギデオンがノックなしで扉を開けて私室に入ってきた。
「……あの、ギデオンさん? ここ、俺の私室のはず……」
「……ああ、プライバシーの話か?」
「その言葉を知ってるなら、なんで?」
「うーん……別にいいかと思ってな」
「そんなことないと思いますけど」
「だが……リクは正直、弱すぎてな」
「……どういう意味で使ってます?」
現在80歳の人間だが、30年前、魔王軍を打倒すという偉業を成し遂げた傑物。
それがギデオンだ。
そんな存在から見てリクが弱すぎることなど、双方ともに理解しているし、言及するほどのものではない。
その言葉の使い方に、なにかありそうだ。
「自分の気配を消したり、空気に溶け込ませたる。自分の感情の揺らぎによる魔力の揺れを制御する。といったことが全くできておらん」
「ということは?」
「ワシらは魔力の動きなら、かなり細かく感知できる。正直、私室にいても生活が全て筒抜けだ」
「なんてこった」
物理的な壁の向こうの状況がはっきりわかるとはどういうことなのか。
リクにはわからないが、きっとこれからもわからないだろう。
「リリアからは『私を思いながら自慰をしても気にしない』と伝言をもらっておる」
「余計なお世話です」
「え……君くらいの年齢なら、あの外見は好みではないのか?」
「別に、美少女に耐性がないわけじゃありませんよ? ヘクターナイツは貴族ばかりで、優れた遺伝子を取り込もうと躍起になるのが貴族です。その子供って、外見も発育もいいので見慣れてます」
「そういうことか。ワシは昔、この国で兵士をやっておってな」
「ほう……」
話が変わったような気がしなくもないが、何かを思い出したので前提情報から、ということだろう。
「その頃にも、魔力で体を強化する女性の兵士はおったが、みんなムキムキでな」
「でしょうね」
「教会から派遣された娘も、体格に変化がないと思いきや、数か月後にはしなやかな筋肉を作っておった」
「祭服の下にシックスパックを作っても、神に祈りは届かないと思いますが……」
「現場なんてそんなもんじゃな」
「なるほど」
「あと……気になったのだが……」
チラッと、部屋の隅に置かれた木製機械を見る。
「神に祈るとかなんとか……あれほど複雑な物を作れる君が、神を信じるのか?」
「信じている人に対して否定しようとは思いませんが、人に猿の言葉がわからないのに、神に人の言葉がわかるとは思えません」
「嫌味ばっかり言うお偉いさんとの交渉では同席を頼んでもよいか?」
「構いませんよ」
ギデオンは頷いた。
「……話を本題に移そう。あの木組みは、なんじゃ?」
「……端的に言えば、これを使って、内職をしてたんですよ」
「内職?」
「ええ、例えば……」
リクは薬草を取り出すと、近くの機械に入れ、ハンドルを回してみせる。
「普通のポーションを店で買うと、一本銀貨一枚です」
リクの肌感覚として、1本6000円くらいになる。
「ですが、材料の薬草だけなら、十分の一の値段で買えます。ただ、薬草をすり鉢で潰すのは時間がかかるし、粉末の細かさで効果も変わる」
サラサラと、極めて微細な粉末が受け皿に溜まっていく。
「この機械なら、素人の僕でも、一流の錬金術師の弟子が半日かかる作業を1時間で終えられます。しかも、粉末が均一なので、2割少ない材料で、店売りの物より高品質なポーションが作れました」
「ほう……なるほど」
ギデオンは薬草粉砕機を見る。
「……30年前、この木組みがあれば、アイツらは助かったのかもしれんな」
「……魔王軍との戦いですか」
「うむ。単騎で強いワシも、全ての戦場に、同時に立てるわけではない。ポーションが足らず、亡くなった者はおる」
「そうですか」
「その時できる最善は尽くした。しっかり弔った。もう、済んだ話じゃ」
ギデオンは薬草分先を覗き込むのをやめて、他の機械を見る。
「本来、職人に頼むようなことが、簡単にできるようになる。そんなものが、こんなたくさんあるのか」
「ええ。素人でも鍛冶師のような研ぎが可能になる研磨ガイド。軽量で栄養があり、長持ちする『携帯食』を作るための燻製器や乾燥棚。細かい情報まで全て正確に複製した地図を作れる活版印刷。いろいろありますよ」
「……そうか」
ギデオンは微笑んだ。
「これだけ、木材を扱えるなら、アレも扱えるかもしれんな」
「えっ?」
「ん? いや、なんでもない。しかし……これを失ったヘクターナイツは、どうなるのやら」
「俺の試算では、これまで、月に15枚でよかった運用コストが、90枚になると思ってますけどね」
「金で解決はできるが、まぁ、それでどうにかなるなら苦労はせんか」
「そういうことですね」
やることは多かったが、別にすることが一々変わるわけではない。
冒険者はそこまで複雑な立場ではない。
もっとも、転生特典で木工を得たリクの特権ではあるので、リク自身、普通とは言い難いのも、事実ではある。