第7話【ヘクターSIDE】 課税が利益の10%から40%に
「お、おい、これに必要な情報はどこだ!」
「えっ、あの紙。どこに……」
リクがいなくなった後のヘクターナイツのクランハウスだが、地獄だ。
「お、おい、あの平民がやってた書類整理、本当に誰もやり方知らないのか? こんなに多いんだぞ。実は誰かが裏で手伝ってたとか……」
「もしできるならこんなに混乱してねえよ!」
事務員であるリクがいないため、貴族の子供たちが書類を仕上げる必要がある。
ただ、机の上は本当に地獄だ。
内容を理解するというより、『めんどくさい雰囲気』を理解してもらうため、あえて抜粋するなら……。
『週間活動実績及び討伐魔獣リスト報告書』
『メンバー別経費立替精算申請書(証憑添付必須)』
『四半期収支予測に基づく納税計画書』
『所有魔道具に関する資産価値減価償却適用申請書』
『特別外交任務に関する成果報告及び所見書』
『古代遺跡発見に伴う文化遺産指定の事前調査報告書』
『新規加入メンバー(貴族子弟)に対する特別指導計画書』
『ダンジョン攻略における危険予知活動記録簿』
『希少魔獣の過剰討伐回避努力に関する証明書』
『クエスト完了時における戦利品現物配当の課税申告書』
『クランハウス維持管理費の損金算入に関する証明書』
『他学生パーティーとの合同演習における費用分担協議書』
『任務失敗時における損害算定及びギルドへの報告書』
『機密情報取扱に関するクラン内規遵守の誓約書(全メンバー署名要)』
『遠征時における兵站物資の購入・消費・廃棄全記録』
『王都内における広報活動費の経費計上申請書』
『公共物破損における賠償責任範囲の確認書』
『希少魔獣素材の市場外取引に関する許可申請書』
『メンバーの活動実績評価に基づく成果報酬算定書』
『前年度会計報告の誤謬訂正に関する王国税務局への始末書』
……と言った形である。
「クソ、一般申告なんて俺たちには許されない。この書類を全て作る必要があるんだぞ。こんなモタモタしてたら、学業にも、冒険者活動にも影響が出る」
ヘクターはイライラしていた。
書類の書き方がわからないからではない。
そもそもヘクターは自分が書類作成ができると思っていないので、早々に他のメンバーに『リーダー特権』と言って丸投げした。
彼がイライラしているのは、『このままだと一般申告をする必要があるから』だ。
上記は例として20個ほどならべたが、平民で構成された『一般的なクラン』は、こんなめんどくさいものを作っていない。
地球でいうところの青色申告と白色申告の違い。
要するに、『複雑な書類を作る反面、節税が可能な書類』と、『記載が楽だが、節税がほぼできない書類』の二種類がこの王国にも存在し、それは『一般申告』と『貴族申告』と呼ばれ、使われている。
もちろん、貴族申告という名前だが、別に貴族でなければ提出できないわけではない。
ただ、あまりにもめんどくさく、貴族が知る暗黙のルールを読み取らなければ作れないため、実質貴族専用となっているだけ。
それらの書類だが、『貴族なら作れて一人前』と、『親は子供によく語る』のだ。本当に親が完璧に作れているかどうかは別として。
で、親から認められたいヘクターナイツの子供たちは、作ろうとしてできずに、リクに丸投げしていた。
それが結果的に、リクを鍛えることになったが、同時に、子供たちから鍛える機会を奪っていた。
その結果が、この散々な状況である。
「クソ、このままだと本当に……おい、一般申告だと、税率って……」
「貴族申告なら、利益の中から、10から20%。一般申告は、一律40%です。これまでの支払いを見るに、最大節税ができてました」
「ってことは……一般申告になったら、今までの4倍も払うのか!?」
「そうなります。ただ、一般申告に必要な書類もそろうかどうか……」
「そ、そうなったら、どうなるんだ」
「一般申告の期限を過ぎれば、一律、金貨50枚の罰金です」
「ご、50枚……」
平民の一般的な月収が、銀貨30枚から50枚。金貨なら3枚から5枚。
リクの肌感覚として、300円くらいの価値のパンに銅貨5枚程度。
1000銅貨=10銀貨=1金貨。という価値のため、一般的な所得は 約18万円~30万円くらいになる。
そんな中で、遅れると、金貨50枚。
日本円に換算すると300万円の罰金だ。
「しかも、納税するべき額に足りていないと、ミスなら差額の10%。悪質なら差額の35%が罰金です」
ヘクターナイツの『月収』は、金貨280枚。
学生パーティーであることを考えるととても大きな数字であり、何よりヘクターの実力が本物だ。
「で、書類では、一か月分の内、今までどれくらい納税してたんだ?」
「金貨14枚です」
「ほう……それが4倍になると……」
「56枚です」
14かける4の暗算ができなかったヘクターである。
「56枚か……だが、まぁ、『最悪、なんとかなる』んだな?」
「一般申告で出すとして、まぁ、大丈夫かと」
断言ゼロの会話だが……書類を少し見ればわかることとして、『一か月の豪遊費』が、金貨100枚である。
リクはそれを、全て、『交際費』として経費にしていた。
では、それができなくなった時、どうなるだろうか。
そもそも14枚納税ということは、月の利益は140枚。
しかし、これは『豪遊費100枚を経費とした上』であり、これからここが経費にできないと、利益の額が大きくなる。
端的に言えば、今までは『140枚という利益に税率10%なので14枚』だったが、これからは『240枚という利益に税率40%なので、96枚』となる。
支払う額は約7倍だ。
というか、豪遊するのにも限度がある。
もっとも、それは『貴族の付き合い』というのがいろいろあるということで追及しても仕方のない話ではあるが。
これからの利益を240枚で維持できるかどうかも問題である。
そもそも冒険者活動で稼いでいるということは、書類整理に忙殺されている余裕はないのだから。
「まぁ、なんとか……なるのか? なるよな」
「おそらく、大丈夫です」
なんとかなるのかどうか、それがわかるのは、専門家だけ。
それを、彼らはこれから、身をもって知ることになるだろう。
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