第6話 尊重なくして成り立たない社会
金貨41億2800万枚。
パッと見て思考ができなくなり、体の動きが完全に止まると思っていたが、国家予算という大きな数字を扱う人間ゆえに、『吹き出す』ということになってしまった。
明らかに王女がやっていいことではないが、明らかに悪いのはリクなので黙っておくことにする。
「……王国の国家予算は、金貨4000万枚。あなた、そこのところわかってる?」
エレノアが、頬を引きつらせながらリクに問う。
「……国家予算100年分以上。ということですね。ここに魔剣も一緒にプレゼントです」
「……黄昏の盟約という伝説のクランに入ることは想定していた。賢いあなたなら、何かしらの覚悟を持って挑むと思ってたけど、あなた、覚悟を決めたんじゃなくて諦めたのね」
「まぁ、その通りです。ついでに言うと……」
「?」
「覚悟は、決める物ではありません。試されるものです」
「面白いわね。覚えておくわ」
新しく用意された紅茶を飲んで落ち着かせるエレノア。
「金額だけでも相当なものだけど、魔剣が5000本も?」
「その中でも特にすさまじいものは、文化財にして非課税にしますよ」
「……確かに、これほどの性能の武器は、私には扱えない。王族として、剣はしっかり学んだけど、明らかに剣の力に振り回される」
剣のレポートを見て頷くエレノア。
「……で、極めつけはこれね。『森』の寄贈により、王族の直轄地としたうえで、『公的な管理人』という立場が欲しいのね」
「はい」
「王族は、管理者がいない場所に対して、貴族の議会を無視して王室の直轄領にできる法律がある。モンスターを倒して手に入れた土地など、会議が特に長くなる貴族たちに業を煮やした人が考えたものだけど、これは、国王不在の場合でも適応するために、継承権を持つ人も執行できる。その法律を使って、私の直轄にしたいと」
「それもあります。これで、800年の領土問題を解決するという功績もあります。なにより、黄昏の盟約の本拠地がある『黒の森』の管理者は、話が分かる人がいいので」
「……」
リクは追加で書類を出す。
「今回の話に関して、認めていただけるなら、こちらにサインをお願いします」
エレノアは確認する。
「……黄昏の盟約という組織は、多くのことを求めていないということね」
「強者ですから、お金が必要になれば、そのたびにダンジョンに潜って大暴れするだけで良い。そういう存在です」
「……そんな強者に対して、ズカズカ踏み込んで金をむしり取っていたのが、この国の貴族という話ね。あきれてものも言えないというか、なんというか……」
エレノアはため息をついた。
「こんな存在を相手に、尊重もなく接するというのが、理解できないわ」
強者は誰もが資産家になりうるのがこの世界。
ただ、『強者』という言葉が絶対的であるのに対して、『資産家』という言葉は社会的だ。
金に価値を付与しなければ資産家という言葉に価値はない。
強者であっても、一人で何でもできるわけではない。
だからこそ、社会というものがある。
そして、強者と弱者の間には、『尊重しあうこと』が必要だ。
リリアたちは、物理的には圧倒的な弱者であるリクに対して尊重するし、リクもリリアたちの意見を尊重している。
しかし、特に黄昏の盟約に徴税を行う貴族たちは、『尊重しない』のだ。
金をむしり取る金庫。程度の認識しか持っていないからだ。
それで、良い関係など築けるはずもない。
「話は分かったわ。契約書に妙な仕掛けもない。あなたは信用できる」
「ありがとうございます」
「ただ、一つだけ聞きたい」
「なんでしょうか」
「あなたは、それだけの頭脳を持っていて、何故、自慢しない?」
「……自慢というのは、『それをしていいと思わせるだけの実績』と、『相手がそれを聞き入れる構えをしている』ことが重要です。実績もなく、平民の自慢を聞き入れる気がない貴族相手に、何を言っても無駄ですから」
「なるほど、『諦めた』わけね」
「ええ、貴族は平民と、『自分たちと違う生き物』だと思っています。思想の善悪はここでは問いませんが、平民を尊重するという発想がない相手に、自慢をしても仕方がない」
「……覚えておくわ」
別に、貴族は全ての平民を尊重しろ。などというつもりもない。
人間である以上、やるべきことは様々であり、それに対してするべき思考はある。
もちろん、尊重しあえたなら、それは理想ではあるが。
「いいでしょう。あなたの話に乗ります」
契約書にサインするエレノア。
控えにもサインを入れて、そちらはリクに。
「……じゃあ、本当に、マジで、考えることが多くなったから、今日はこれくらいでいいかしら?」
「そうですね」
「あと、私から一つだけ言っておくわ」
「なんでしょう」
「『その場で必要な物を全て持参する』からと言って、『事前報告がなくていい』理由にはならないの。覚えておきなさい」
「……覚えておきます」
というわけで、リクは部屋を後にした。
★
「……うまくいったわね」
「リリアさん。何もしゃべらなかったですけど……」
「理解していない話に割り込んでも仕方がない」
「清々しいのにも限度がありませんかね?」
諦めるべきところはきっちり諦める。
のはいいのだが、陸から見て、リリアに関しては楽観的と思うのだが、どうなのだろうか。




