第5話 王女エレノアと交渉
第二王女エレノア。
この国において、王位の継承は『王族同士での権力争い』で決まると定められている。
これは初代国王が定めたことで、『より強い国を維持するためには競争が必要』という思惑があってのことだとされている。
それそのものは事実だ。
競争がない、敵がいない中では、どんな権力も腐敗する。
今のことだけ、自分のことだけ、金のことだけを考えても問題ないのが『競争のない権力者』の実態であり、競争があるということは重要なのだろう。
ただし、『王族の行動次第』ということは、言い換えれば『周囲の貴族が介入する余地がある』ということでもある。
言い換えれば、能力がなくとも、周囲の貴族から担ぎ上げられるような、もっといえば『傀儡にするのにもってこいの人』に、裏で手を回して様々な功績を作ることも出来る。
次の王が誰になるのかなど、リクはたいして興味はない。
しかし、これからリクがやろうとしていることは、ある意味、そういう『誰かを担ぎ上げたい貴族』と、やっていることが変わらないのは事実である。
「……黄昏の盟約の紹介。ということですね。お話を伺いましょう」
権謀術数の渦中の中で生きる。
年齢は、リクの一つ上の18歳のはずだが、そこに備わる迫力は確かなものだ。
輝くようなプラチナブロンドの長髪と、長年、優れた遺伝子を受け継いできたことを思わせる美貌。
スタイルもかなりよく、胸はFくらいあるのではないだろうか。
学校の制服を着ているだけなのに、まるで舞台のようだ。
初代国王の熱意によって今なお死守されている『体のラインが出やすいブレザー』と、『チェック柄のミニスカート』は、確かな魅力を引き立てている。
「端的な説明を好むと聞いています。それに合わせて言いましょう」
書類を見せる。
そこに記載されているのは……。
「基金の設立による殿下のプロジェクトへの資金提供。殿下と、殿下の部下への魔剣の寄贈。800年間に及ぶ『領土問題』の解決という功績。これを、殿下の権限で、公的に保障してもらいたい」
「……なるほど、良い掘り出し物があったようね」
「え?」
書類は見ずに、エレノアはまっすぐ、リクを見る。
「この国の腐敗の根源は、アイゼン伯爵をはじめとする大貴族たちの、不自然なまでに潤沢な資金力。まず、私はその源流を探りました」
王族だ。調べようと思えば、簡単な事だっただろう。
「そして、一つの奇妙な事実に辿り着く。『黄昏の盟約』……どこの派閥にも属さぬ、謎多きその団体が、なぜか王国の納税義務に律儀に従い、伯爵派閥の者たちにみすみす富を搾り取られている、という事実に」
一度言葉を切り、余裕の笑みを浮かべる。
「彼らがなぜ、それに甘んじているのか。答えは一つ。彼らは強大でも、この国の複雑な法と社会を渡り歩くための、信頼できる『文官』がいない。そう、あなたのような人材がね」
まっすぐ、エレノアが見つめてくる。
「ですが、私が部下を送り込むわけにはいかない。それはただの政争です。だから、私は『舞台』を用意しました。それが、この学園の『平民枠』」
リクが息をのむ。
「貴族のしがらみがない、優秀な平民という『逸材』を、公の場に置く。ヘクターのような、無能だが影響力だけは大きい人間の近くに置けば、その才能は嫌でも磨かれ、そして必ず誰かの目に留まる。私は、『黄昏の盟約』が、あなたという逸材に気づくのを待っていたのです」
「……僕を、鍛えるためだけに?」
「ええ、あなたのような逸材を育てるための、最高の『砥石』として、ヘクター君には期待通りの働きをしてもらいました。私の計画で唯一の不確定要素は、彼らにスカウトされたあなたが、最終的に私の元へ『この手の話』を持ってくるかどうか、でしたが……見事、期待に応えてくれましたね。ええ、うまくいって、本当に良かった」
紅茶を飲みながら、視線を書類に落とす。
そこに見えたのは、『およそ41億2800万枚の提供』という文字。
「ブフッ! げほっ! ごほっ!」
絶対に王女がやっちゃいけないことが発生している。
……なんというか、金額が金額なのでショック死する可能性を考えていたが、そっちが訪れない代わりに、威厳とか迫力が全部消えた。
(うーん……この展開は想定してなかったな)
内心でものすごく苦笑するリクであった。




