第40話 ご褒美
内通者の発見と対処。
エレノアがレオニスをイジメている。
人を閉じ込めていた『部屋』の発見と解決。
ビラベルがヘクターを襲い、リクが乱入したことでその場は終わったが、その直後に、様々なことが一気に起こった。
急変した理由に関しては、考えようと思えばいくらでも考えられるわけだが……。
「……世の中、インフラか」
リクとしては、総括するとそのような話だ。
結局のところ、作戦を行うためには、その土台が必要である。
その点、『現実世界における活動限界』という強烈な制約を持つ悪霊たちは、現実世界で保有するリソースが限られるのだ。
ヴァルフレアたちが徹底的に潰しまわっていることもあるが、とにかく、相手が構築していきたいインフラを破壊し続けている。
いたちごっこ。ともいうが、リクなりに考えた結論が、『インフラが重要』という話だ。
別にそれそのものは珍しい結論ではないが、経験に裏打ちされた論理というのは、確かな血肉となる。
で……。
「まだあるんだよな。インフラがどうしようもないところが」
そういってリクは、『荷物』を手に、ヘクターナイツのクランハウスに来ていた。
「……邪魔するぞ」
中に入る。
ロビーでは、テーブルを置いて、書類とにらめっこしているヘクターがいた。
その表情だが、かなり暗い。
「……大丈夫じゃなさそうだな。ヘクター」
「……リク。どうしよう」
「お前、俺の情報をビラベル先生に渡して、罰金を払うために必要な金貨をもらってたんだよな」
「ああ、書類整理だが、どうも、上手くいかないからな。結局罰金が来る」
お金を稼げる。
それだけで、人は人に、『大人としての責任』を求めるものだ。
まだ17歳のヘクターであろうと、そこに遠慮はない。
「……で、リクは何をしに来たんだ?」
「まぁ、お前の成長を実感したからな。ちょっと何か渡しておこうって思っただけだ」
本心としては、『頑張っている若者へのご褒美』だが、一応、同い年なのでおかしな話になる。
リクが持ってきたのは、一本の木の剣と、何かの書類だ。
「まずこれ。木の剣だけど、ヘクターが使ってた大きさに合わせてつくったものだ。俺の木刀と同じ素材でできてるから、悪霊にもダメージが入る」
「え、いいのか? 貴重な素材じゃないのか?」
「数は多くはないが、別に確保できないわけでもない。ただ、表社会では、悪霊のことは他言無用だぞ。黄昏の盟約も、悪霊側も、その存在を広めようとはしてないからな」
「わかった」
「まぁ、一度狙われたヘクターのところにはまた来るかもしれないし、その自衛だと思ってくれ」
「そういうことか……で、その書類は?」
「えー……どういえばいいかな」
リクは少し考えて……。
「どうせ、一度大きくなったクランの事務作業なんて、抱えきれると思ってないからな。『再スタート』のための書類だ」
「再スタート?」
「これを仕上げれば、最もコストが少ない形で、ヘクターナイツを解体した後、少人数のパーティーを作れる。パーティー結成後に役立つ書類も一式揃えてるから、ここから別の紙に写して使うんだぞ」
「……そういうことか」
ヘクターナイツは、ヘクターがクランメンバーを鍛えたことで、全員が確かな実力を持っていた。
稼ぎは確かに多くなったが、その反面、仕上げなければならない書類も多くなったし、複雑になった。
今は多くの生徒が離れていったため少人数だが、それでは本当の意味で、『事務仕事一つとしてどうにもならない』のである。
そんなものをヘクターが自分の実力でどうにかできるはずもないので、だったら再スタートでパーティーを作った方がいい。
「……冒険者活動をやってると、他の大きなクランも、潰れるときは潰れるし、崩壊するときはあっという間だ。そういうのはよく見てきたよ」
「まぁ、そうだろうな」
「マジで、本当に、どうにもならなかったよ。あの時は自分事だとは思ってなかった」
クランの運営に絶対はない。
強みが何なのか、それに依存しているのか。
依存していい部分と、余裕があるうちに始めておくべきことは何なのか。
全ては社会との相対的な関係で決まる。
「ヘクターナイツも、事実上、そんな『事務仕事一つできず、崩壊したクラン』の一つってわけか」
「そうなるな」
「はぁ、覚悟を決めることも、責任を取るってことも、難しいよほんと」
「……そんな認識だと、またどこかで転ぶぞ」
「えっ?」
「覚悟を決める。責任を取るって言うのは、現場の、剣を握るやつの心構えだ。『リーダー』なら、覚悟は試されるもの。責任は果たすものだ」
「覚悟は試される。責任は果たす。か……」
「聞く人が聞けば、違う答えが返ってくるだろうけどな。そこは『美学』の話だから、適当に聞き流しとけばいい」
「そういうのって、押し付けることもあるし、誰かが押し付けてくることもあるだろ」
「……じゃあ、ヘクターに必要なのは、『立場を弁える』ってことだな」
「ぐっ……」
胸に何かが刺さったようだ。
「ただ、ヘクターもいろいろ学んだことはあると思うけど、一個だけ助言しとくか」
「助言?」
「クラン。今、ヘクターを入れて六人だろ?」
「ああ」
「残ってくれた五人は、ヘクターだから残ってくれたんだ。大切に……いや、もうちょっと具体的に言おうか。ヘクターについていくって決めたことを、五人に後悔させるなよ」
「……もちろんだ」
「なら、大丈夫そうだな」
リクはヘクターに背を向けた。
そのままドアに向かって歩き出したリクに……。
「なぁ、リク」
「ん?」
「俺とお前って、どういう関係なんだ?」
「友達だろ。今度、メシでも食いに行こうか」
即答だった。
「……そうか」
渡すものを渡してスッキリしたリク。
ヘクターの方も、どこか引っかかっていたものがなくなったらしい。
部屋から出て行く姿を見届けると、ヘクターは、リクが置いていった書類を見る。
「……やべっ、全然わかんねえや」
どうやら前途多難のようである。
とはいえ、彼の『仲間』はわかるだろうし、その仲間を、ヘクターは大切にするはずだ。
それくらいでいいのである。




