第38話【エレノアSIDE】 レオニスと一騎打ち。というかボッコボコ
「さて、アイゼン伯爵。これに心当たりがあるわよね」
エレノアはとある『リスト』を手に、アイゼン伯爵家の屋敷に乗り込んで、当主であるレオニスの執務室に来ていた。
「『窓石商会』などという組織を使って、裏金を作っていた……ですか。どこでそんなリストを手に入れたのかは知りませんが、そんな眉唾物を……な、なんだこれは!?」
当然のことだが、『派閥をまとめ上げる大貴族』ともなれば、大抵の場ではポーカーフェイスを維持できる。
こういうのは『どの程度効いているのかがわからない』ゆえに、駆け引きが生まれるものだ。
どれほど相手が言っていることが事実であろうと、それをやすやすと認めることはないし、認めたとしても、それは『切り捨てていい部下』にすべて押し付けて責任を取らせる。
それが政治という物であり、だからこそ、『保身』というのは重要だ。
誠実であるということは人間にとって美徳なのは間違いない。
そういうキャラクターを売りにすることも、別に悪い話ではない。
だがそれは、『保身など考えなくても、誠実であればだれもがわかってくれる』という勘違いでしかない。
加えて、『一度押し付けられた責任から逃れることができない』ことを意味する。
だからこそ、青く、若い者を常に引き入れつつ、ある程度の権限も与えておき、いつでも『都合よく押し付けられるようにする』のだ。
リクが出てきたことで急進的に進むエレノアの姿勢を見た以上、『そういう人』は何人か見繕っていたが……。
「な、なんだこの書類は……ま、紛れもなく私のサインが入っているだと? この判も間違いない……」
「裏金に関わっていた、あなたの派閥のリスト。まぁ、こんな急所が手に入るとは思っていなかったけど……随分、金貨を懐に入れていたみたいね」
エレノアが持ってきたリスト。
どのような経緯で手に入れたかとなると、状況としては単純だ。
まず、ビラベルが王都から消えた。
実家の男爵家を訪ねても『どこに行ったのかわからない』となっており、消息不明。
もっとも、リクとヘクターに襲い掛かりつつ返り討ちに合って、しかも『悪霊にとって有望な駒』として再認識されたのだから、『暗躍の現場』に置いておくようなレベルではなくなった。
いろんな意味で、このまま王都にいて都合がいいわけがない。
そして、王都からビラベルがいなくなったことで、その彼の内通者活動を支えるための窓石商会も存在意義がなくなった。
当然、窓石商会は『やばいリスト』をいろいろ持っているわけだが、それをどのように処分するかとなった。
結果的に悪霊たちが選んだのは、『リストをエレノアに提供すること』だった。
本当の目的は、『リクを忙殺すること』である。
エレノアにこんなやばいリストが送られた場合、それを精査するためにリクが呼ばれることはわかり切ったことである。
長い間、ため込んだ記録があり、それをしっかり読み込むだけで、かなりの時間がかかる。
それを、リクを作業に巻き込むことで、リクが『悪霊の次の一手』に気が回らないようにした。
悪霊が実際にどんな手を考えているかどうかはともかく。
様々なことを考えていたリクに、『突如として膨大な仕事』が降りかかり、彼の脳みそは限界まで酷使されている。
この状態にすることで、悪霊側は安全に『体制を整える』ことができるのだ。
「さて、こういうものを私が握っている以上……わかるわよね?」
「……何が望みだ」
「まぁ、いろいろあるわ」
別の紙を取り出してレオニスに見せる。
「……非常に要求が多い。が、呑まなかったらどうするのかね?」
「私にとって非常に楽しい想像に付き合ってもらう必要があるわ」
良い笑みを浮かべて煽る。
「……まぁいい。ただ、『調整』に来たのだろう? これを全て、何が何でも通そうとは思っていないだろう」
「もちろん」
今回、エレノアが手に入れたリストだが、あまりにも『急所』すぎるのだ。
仮にこれを『議会』で出した場合、とてつもない大混乱が起こる。
啖呵を切っているようでただのプロレス。というバランスが重要であり、言い換えれば『相手に当たらないように全力で石を投げる』ということだ。
それが、このリストの場合、複雑に絡み合っていて部分的な提出ができない構造になっており、どう取り繕っても『火の玉ストレートを全力で当てにいく』というレベルになる。
それはプロレスではなく蹂躙であり、エレノアとしても望む展開ではない。
だからこそ、こうして『調整』に来たのだ。
悪党だろうが、犯罪者だろうが、『調整』が必要となる。
リクが聞けば理解できない……というか直感に反する、『この王国の、貴族社会特有のバランス』がそこにはある。
「さて、どうイジメてやろうかしら」
「……ぐっ」
まぁいずれにせよ。
レオニスを代表とする派閥において、大打撃なのは間違いない。




