第37話 リク&ヘクターVSビラベル&悪霊兵
リクとヘクター。ビラベルと悪霊兵。
戦況は非常にめんどくさい。
「こ、このっ! うおわっ!」
リクは木刀を振る。
それは……スライムの体から新たに触手が二本増えて、四本になった内、襲ってきた一本を対処するためだ。
あまりうまくいっていない。
振ってあたったと思ったら、触手ではなくナイフに衝突しており、攻撃としてはしっかり通らない。
「チッ、『魔力操作の身体強化』を応用した精霊力操作で、スライムのスペックを上げたみたいだな。触手の四本同時は流石に、かゆいところに手が届きすぎだろ!」
「届きすぎてるナイフ術を防がないでほしいんですよ」
ヘクターは、一本の剣で、速度も急所への正確性も上がった三本のナイフを次々とはじく。
「ビラベル先生の魔力操作はそこまでうまくない。ただ、体の外の魔力操作なら、戦闘に関することでも俺は困難だ。さらに多種多様なエネルギーの混合物みたいな『精霊力』で、スライムがここまで強くなるほど操作できるって、どんなセンスしてやがる」
「きっかけはお前だろ!」
「さっきから謝ってるだろ!」
「この二人がこんなコントを始めるとは、リク君がヘクターナイツを抜けた時は想像もしていなかったですねぇ。もしかして仲は良いのですか?」
「「知らん!」」
「良さそうですね」
ビラベルは、教師としては、生徒たちの仲が良くなりそうなのでちょっと嬉しいようだ。
片方は今から殺すしかないのだが。
「ただ、急所を狙うナイフに焦りがある。身体強化にリソースを使ってる分、『時間制限』に関しては克服できてない。耐えるだけでなんとかなるか?」
ヘクターはそう言いながらも、スライムを見る。
「……あっ! 制御にリソースを振り分けたな! ナイフがちょっと遅くなったが、漏れ出る精霊力が少なくなったぞ!」
「よくわかりますねぇ……」
「そうなったら……作戦変更だ」
ヘクターは剣を振りながら……。
「リク! 半歩下がって振り上げろ!」
「えっ……」
リクは言われるがままに、半歩下がって、木刀を振り上げる。
すると、リクを襲っていたナイフ……を先端に装備する『触手』に、木刀が当たった。
「ギッ!?」
木刀ではあるが、それでも、『現実世界』で初めてのダメージ。
全てのナイフが、一瞬止まった。
それを、『作戦を立てた本人』が見逃すはずもない。
「シッ!」
目の前のナイフや触手を簡単に剣で薙ぎ払い、ヘクターはビラベルに向かって突撃する。
「何!?」
戦況が急に動いてうろたえるビラベル。
だが、彼の『操作』は早かった。
一瞬で、スライムにかかっていた精霊力操作が、『制御』から『強化』に変わった。
スライムはさらに四本のナイフ付き触手を出して、ヘクターを倒しにかかる。
だが、スライムの意識が完全にヘクターに向いた瞬間。
リクは、指輪を木刀のくぼみに入れており、『突き』を放つ。
ヴァルフレアが指輪に込めた『威圧』が、突きによって放たれた。
それはヘクターを背中から襲う、三本のナイフに向けていたが……ヘクターはジャンプ。
これによって、三本のナイフと、彼を正面から襲っていた四本のナイフにも『威圧』が直撃し、全て止まった。
「ぐっ……」
ビラベルは飛び上がったヘクターを見る。
ヘクターのその目は、確かな『殺意』が宿っている。
「くそっ!」
精霊力を石から取り出しつつ、障壁を展開しようとして。
「そこ……だっ!」
ヘクターは、障壁になる前の精霊力を、剣の腹で上手くとらえた。
そのまま、彼の手から弾き飛ばして……スライムに当たる!
「ビギィ!」
当たったスライムの体が、急激に薄くなっていく。
カブトが光ると、その体は、消えていった。
「……今のは、強制送還か」
リクは指輪を木刀から右手の中指になおしつつ、スライムが消えたのを確認した。
「……い、今のは、一体……」
「体の外の魔力操作。俺は『困難』とは言ったが、『出来ない』とは言ってない。で、ビラベル先生は精霊力を操作するとき、『魔力を軸として操作してる』ように見えてたからな。ここまで近づけば、『軸となる魔力』に俺も干渉できる。障壁魔法を身体強化に変更しつつ、そこを『最高に改悪』して、スライムにぶつけたのさ」
精霊力による身体強化。という点では、むしろここまで、散々ビラベルがやっているのを見ている。
初見で多くのことを看破するヘクターにとって、『相手の操作手順を見抜く』ことなど造作もないだろう。
その中に『魔力操作』が含まれているのなら、そこに干渉すれば、『結果』を弄ることができる。
「身体強化で強い効果を得ようとすると、悪霊はむしろ、体が崩れやすくなるのか」
「『身体強化の質の問題』ではあるけどな。で、俺が殺気を出したことで、『最高出力の障壁』をビラベル先生は出そうとした。その『最高出力』のままで、『最悪の強化魔法』に変更しつつ、スライムにぶつけた結果、精霊力の維持に甚大な被害が出た」
その『精霊力の維持に甚大な被害が出た』からこそ、『強制送還』が発動し、スライムはいなくなった。ということだ。
「これをやるためには、一瞬でもスライムに隙ができればよかった。だから、リクにナイフじゃなくて触手の部分を当ててもらえば、ダメージで怯むはず。そこを狙って突撃したわけだ」
「だが、『強化』は本物だったはず。合計八本まで増えたナイフを、ヘクター君単独で処理できるわけがない。一切の打ち合わせがない状態で、なぜ、リク君と連携がとれたのですか?」
「リクから、『この戦場でも役に立てる』という自信が感じられたからな。剣も魔法も全然使えないリクが、『役に立つ』となれば限られる。『窪みがある木刀』を、『条件付きにすさまじい魔道具』みたいな目で見てた」
戦場でも、よく見ている。
「まぁ、指輪の威圧だろうなって思っただけだ。ナイフ一本で、指から木刀に指輪をつけなおすことすらできてなかったが、隙さえ作れば、役に立つために何かやるだろうと思っただけ」
「そ……そんなことまで見抜けるとは……」
ビラベルは……ニヤッと笑った。
「本当に、賢い子だ!」
精霊石を取り出して、何らかの精霊術を起動。
次の瞬間、煙幕が発生した。
「えっ!?」
ヘクターの方が驚いている。
……煙が晴れた時、ビラベルはいなくなっていた。
「……逃げたか」
「はぁ……」
リクはため息をついた。
「これから、黄昏の盟約は大変だろうな」
「えっと……俺のせいだよな」
「当たり前じゃボケ」
「言いすぎだろ!」
ビラベルによる『制限時間の延長』。
これは明らかに、悪霊側にとって大きな進歩だ。
その原因は、明らかにヘクターである。
「まぁ、そこはリリアさんたちに何とかしてもらうとして……ヘクターって、強かったんだな」
「今更!?」
「いや、まぁ、その、強いとは聞いてたけど、ここまでとは思ってなくて」
「そうかい……」
ヘクターはリクの技術力を全く理解していなかったが、リクとビラベルの情報戦に巻き込まれつつもその技術を報告する中で、『リクの凄さ』は理解した……とは言い切れないが、『再認識した』のは間違いない。
リクはヘクターの強さ。それも洞察力や、戦術を瞬時に組み立てる力を理解していなかったが、今回の戦いで、『初見のはずの悪霊』を相手にここまで戦い、そして武芸者としては素人のリクすら利用するその手腕は、認めざるを得ない。
「まぁ、俺も驚いたよ。確かにその指輪の『威圧』と『障壁』はすごいさ。ただ、『戦うための技量が明らかに足りない』のに、ここまで駆け付けたってのは、俺の周りでは、リクが初めてだよ」
リクはヘクターの目を見る。
……どこか、『憑き物が落ちたような目』に見えるのは、リクの気のせいではないと思いたい。
「じゃあ、俺は先に帰るよ。リクも気をつけて帰れよ」
そういって、ヘクターは、ダンジョンの通路を歩いて去っていった。
「……はぁ」
背中を見送った後、リクはため息をついた。
……紛れもないことを言えば。
リクは、『前世』があり、この世界でも17年生きていて、年数だけを言えば十分『おっさん』である。
では、そのおっさん目線で、『身近な若者の頑張りを理解した』となれば……。
「頑張った若者にご褒美を与えるのは、おっさんの使命みたいなもんだよな」
何か、思いついたことがあるようだ。




