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第36話【ヘクターSIDE】 敵に秘策を送る。

「クソッ、全然攻撃が通じない。マジでなんなんだこの生物は!」


 スライムをボコボコにするヘクターだが、悪霊には無意味である。


 ノックバックは発生するため、スライムの攻撃を防ぐことはできるし、斬って飛ばすことも可能だ。


 しかし、通用しない。


「生物ではあるが、なんだ? 生物以外も同時に斬ってる感じだ。なんか『そっち』に邪魔されて攻撃が通らない。物理的とか魔法的とか、それ以外の要素も同時に剣に乗せて斬れっていうのか? 無茶いうんじゃねえぞ!」


 スライムのナイフを防ぎ、剣で切りながら、その感触から体質を導いていく。


「……ふむ、まぁ、この場であなたを殺せなければチャンスはありません。加勢しますか」


 ビラベルは精霊力が詰まった石を取り出すと、そこから精霊力を取り出して、火の玉にする。


 それを、ヘクターに向けてはなった。


「……っ! おらっ!」


 火の玉を切り伏せると、その隙をついてきたスライムのナイフを交わしてカウンターを叩き込む。


「さっきの火の玉。このスライムと同じ何かで出来てるのか? だが、密度の違いか、こっちは斬れるってわけか」

「どういう洞察力をしてるんです?」


 戦いの場において、あまりにも洞察力がありすぎる。


 次は、岩の矢だ。

 一見、『密度』はありそうだが……ヘクターは、それも切り伏せる。


「……火でも、岩でも、なんかほぼ同じ感触……なんだ一体」


 このままだと手掛かりがつかめない。

 よく観察し、考察を深めなければ、戦いにならない。


「フフッ、まぁ、ここで殺すつもりですし、少し教えてあげましょうか。これは『精霊力』と呼ばれるエネルギーです」

「精霊?」


 ヘクターはスライムを見る。


「悪霊兵とか言ってなかったか? となると、精霊も悪霊もほぼ変わらないってことか」

「フフッ、精霊力について簡単に言いますと、『原初のエネルギー』と呼べるものです」

「……」

「……何か?」

「いや、それだけ?」

「それだけですよ」

「それで説明したつもりか? 俺がこの剣の性能を聞かれて、『ダンジョンから持ち帰ってきたやつ』とだけ言ったらキレるだろ」

「うるさいですね」


 ビラベルもこの戦いにおいて、どうすれば突破口が開けるのかと考えているところなのだろう。

 緊張感がない。


 というかヘクターの方も、『そういう切り替えし』ができる以上、本当に、『戦闘中においては頭の回転が非常に速い』ようだ。


「原初……いや、それをそのまま使ってる? 原初というからには魔力にも何かつながりが……そうか!」


 ヘクターは何かに気が付いた。


「精霊力は、魔力だけじゃない。もっと多くの種類の、様々なエネルギーの混合物だ。『まさに多様性の塊』ともいえるもの。あのスライムも、装備してるカブトやナイフも、全て『精霊力』という一つの概念だけで構成されてる。その上で生物の形を保てるのは、そもそも精霊力という存在が、多種多様なエネルギーの集合体だからか」

「……」


 ビラベルはメモ帳を出して書いている。


「ただ、ナイフやカブトに『高度な加工技術』が感じられる。そしてそれに合わせて特化したスライムの戦闘技術を考えると、悪霊ってのは、『技術革新を前提に、現場の人間はその技術に合わせる』って方針か」

「……」


 メモはしなかった。

 どうやら悪霊から『そういうものだ』と聞いていたらしい。


「それに……よく見ると、スライムの存在感がちょっと薄まってる。ゲートで来たって話だが、悪霊は現実世界だと存在を保てる時間に制限があるのか」


 メモはしない。


「となると……優れた道具を生み出し、そこに適した訓練を積んでいく半面、『演算』が上手くできてないのか」


 リクが聞けば、『電卓』を持つ一般人は『暗算』の勉強をしないだろう。とまとめる話である。


「ただ、さっきの『火の玉』と『岩の矢』。あれは高度な操作が行われてた。要するに、ビラベル先生は、人間の中でも精霊力の扱いに特別長けている人で、だから、悪霊たちに協力してる」

「フフッ……戦闘中なら賢い君に、『精霊力の扱いが長けている』と評価されるのは悪くありませんね」

「そして」

「そして?」

「スライムから溢れる精霊力を制御することも可能なはずだ。『時間制限』を気にする悪霊たちにとって、『もれだす精霊力を止めてくれる存在』なんだから、重宝するに決まってる」

「……素晴らしい!」


 ビラベルは拍手した。


 そして、スライムから漏れる精霊力を操作し始めた。


「……え?」


 ヘクターは目をパチパチさせた。


「本当に素晴らしい。悪霊たちの長年の叡智を、この場で超えるとは!」


 ビラベルは大興奮である。


 そうだろう。


 自分の『価値』が、悪霊たちにとって確立されるものになったのだから。


「え、俺、なんかやらかした?」

「ええ、私が漏れ出す精霊力を制御することで時間制限を伸ばせる。これは、誰も気が付いていなかったのですよ」

「あ……」


 敵に塩を送る。どころの話ではない。

 どうしようかと思っていたヘクターだが……。


「この大馬鹿野郎が!」

「えっ!? リク!? なんでここに!?」


 木刀を持ったリクが、ヘクターの後ろからやってきた。


「お前が何かに絡まれたんじゃないかと思ってな。いつも通りの時間でダンジョンから出ないし、何かあったんだろうと思って、ここまで来たんだよ。モンスターはこの指輪があれば、ここくらいの階層なら問題ないからな」

「48層が指輪一つで安全ってどういうことだよ!?」

「俺が知るか!」


 駆け付けたリクだが、ブチ切れモードである。


「てか、なんでそんなに怒ってるんだ?」

「悔しいから八つ当たりだ!」

「潔すぎんだろ!?」

「俺とビラベル先生の間で右往左往してるだけの迷える子羊みたいな感じだったのに、たった一度の戦いで重要なことに全部気が付いた挙句、悪霊にとって有益な情報を与えやがって! 俺が組み立ててた『ビラベル先生を置き土産で格付けしよう』作戦の終盤とか思ってたら、なに秘策をプレゼントフォーユーしてんだテメェ!」


 普段のキャラはどこに言ったのか、リクは激おこぷんぷん丸である。

 ……まぁ、たしかあれは14段階あるので、下から3番目ということで『まだ許せるほうではある』のか。


「ご、ごめん!」

「……はぁ」

「で、謝ったついでだけど、ちょっと疑問に思ってることがあるんだが、いいか?」

「なんだ?」

「あのスライム、なんで、『道具に完全に最適化した訓練』ばかり積んで、精霊力の操作をほぼ訓練してないのかって思って」

「……『基礎』として精霊力の操作を身に着けた上で、道具を使えるようになるべきなのに、なんで基礎の方ができないのかって話か?」

「そうだ」


 人間の感覚だと、『魔力操作による身体強化』というのは自然と行うものだ。

 高ランクの冒険者なら、息を吸うようにやっていること。


 もちろん、人間だって様々な魔道具を開発し、それを前提とした動きをしていくことはあるはずだが、『そもそも精霊力操作の訓練を何故積んでいないのか』がきになったようだ。


「端的に言えば、悪霊たちが現実世界に来た時、すでに『古竜ヴァルフレア』という超常存在を相手にする必要があったからだ。『制限時間がいくら伸びても、そもそも技術的に暗躍不可能』となったら意味がないからな」

「なるほど、『現実世界への初接触』であまりにもインパクトが強かったから、『精霊力の操作を鍛えよう』って発想が吹き飛んで、そのまま技術を進歩させて今に至ると」

「まぁ、生物の発想力なんてそんなもんだ」


 ヘクターは剣を構えて、リクは木刀を構える。


「リク、悪霊は任せていいか? その武器。悪霊にも攻撃が通じるんだろ?」

「ああ」

「スライムの行動は非常にシンプルだ。搦め手満載のビラベル先生を相手するより、そっちの方がいい」

「ヘクターが俺の木刀を使うという手もあるぞ」

「木刀……刀か。確か東の国にあるそうだが、それは訓練したことがない。俺は、使ったことがない物を使えるようにする特訓はできるが、初見では使えないからな」

「……そうかよ」


 リクと、ビラベルは思う。


『自分に何ができて何ができないのかを、敵の目の前でペラペラしゃべるな!』


 と。

 ヘクターが悪霊を見るのが初見であることを考えると、その洞察力や分析力は確かではあるが、どこか、『適性ステータスの割り振り』がおかしい。

 そう、思うのだった。

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