第33話【ビラベルSIDE】 監査の噂を聞いて……。
「窓石商会に監査ですか……」
ビラベルは学校で、いろんな『噂』を聞いた。
その中の一つ、『エレノアが窓石商会の店に監査を入れた』を言う話を聞いて、内心でため息をつく。
「なるほど、『そっち』から時間制限が入ってきたというわけか」
現状、内通者としてのビラベルの役割は、『人間社会が持っている大量の情報』を書類にして悪霊たちに渡すこと。
直近で与えられたミッションとしては、ヘクターが48層で手に入れた『インゴット』を手に入れること。
この手に入れるための条件は、ヘクターを亡き者にするしかなく、普通ならどうあがいてもヘクターに勝てないビラベルには、悪霊側から『戦力』を与えられている。
ミクロゲート……小さなゲートを開き、『小型だが強い悪霊を呼び出せる手段』を使うためのエネルギー、『精霊力』が詰まった石を受け取っている。
「リク君がユグドラシルを加工し、悪霊に対してダメージを与えられるようになった。これだけでも相当な『ルール変更』ですが、ゲートそのものを『人間の生命力』につなげることで、破壊されるのを防ぐ。伝説レベルの強さを持つ黄昏の盟約に対して、悪霊側は『技術開発』という方法を取る。そのために必要なのが、ヘクター君が手に入れたインゴットですね。まぁ、ここまでは『大前提』」
間違いないのは、『黄昏の盟約』と『悪霊軍』を比較すれば、明確に、『黄昏の盟約』の方が強いのだ。
どうあがいても勝てないのだ。
その圧倒的な戦闘力という武器を相手に、『技術開発』と『悪霊としての体質』で勝負していた。
ユグドラシルの加工はルール変更になりえるが、ならば悪霊側も、黄昏の盟約の事情を利用したうえで、ルール変更になりうる技術を投入した。
そして、そのルールをより強固で隙のないものにするために、ヘクターが手に入れたインゴットが必要。
「悪霊たちの『フロント企業』である窓石商会。正直に言ってここが潰されると、定期報告すら上手くいかない可能性が高い」
自分たちのルール。
それを基に窓石商会を考えると、なかなか、都合が悪い。
「自分たちの国だけではなく、他にも知りえた様々なことを書類として作成するなど、『王国の諜報部隊』が怪しむはず。『特定の言葉が紙に記されたことを感知する諜報アイテム』をかいくぐるために、『魔力不干渉インク』を用いていた。なら、このインクが使えなくなれば、その定期報告も出来なくなる。あれほどの質を持つインクがなければ、『一国の政府が持つ諜報アイテム』をかいくぐるのは不可能でしょう」
ビラベル自身は『男爵家の次男』であり、『一介の教師』でしかない。
ただ、それでも、『王国政府というのが、確かな技術力を持っていること』そのものは、可能性が高いと考えている。
魔力不干渉インクというカテゴリだけで言えば、他にも探せばあるかもしれないが、『政府がカネを投じて開発している物』が相手と考えると、性能が足りない。
窓石商会が潰れるということは、定期報告もままならないということだ。
「リク君も流石に、ヘクター君が手に入れたインゴットや、それを私が手に入れようとしていることには気が付いていないはず。となると、戦場は窓石商会のインクだけになる。ふーむ、面倒な」
厳密に言えば、商会を介さず、インクを手に入れるという方法もなくはない。
ただ、『怪しまれずに納品する』という方法が、窓石商会を使うことなのだ。
そもそもこのインクは、使い方を工夫すれば軍事品としても使えるもの。
使う理由に整合性があっても、『裏ルートから大量に仕入れる』というのは、管理コストが大きすぎる。
それを、『何の怪しさもない表のルート』から仕入れて、『ビラベルの活動圏内』に入れることができる。
だからこそ、『窓石商会』はビラベルにとって必要なのだ。
端的に言うと、ビラベルは『内通者として求められる素質があるかどうか』において、『天才でも超人でもない』ため、『あらかじめ誰かが組んだきっちりしたルート』がないと困るのである。
この分野の素質が努力やちょっとした工夫でどうにかなるのなら、諜報活動は苦労しない。
「今のところ、監査は表しか見ていない。裏に踏み込むのも時間の問題か……こうなった段階で、『私がこの国で活動する理由』もなくなるんですがね。リク君も、そのあたりを前提に、『私がどう動くのか』を見ている節がある」
あくまでも、『しっかり用意されたクリーンなルートから、特殊インクを受け取れる環境』が欲しい。
これが、ビラベルの活動の前提だ。
もちろん、その環境は、『この王国で構築しなければならない』というわけでもない。
この国であれば、ビラベルは、確かな『貴族の地位』と、確かな『教師の権限』を持っている。
それを捨てるのは痛手だが、『内通者』としての役割を果たすならば、別に固執する必要はない。
その上で、『窓石商会』を突いてくる。
もっと言うと、『商会に気が付いていなかったエレノアにリクが吹き込んだ』という推測も混ぜると……。
「私がこの国を出る前の、『置き土産』や『最後の嫌がらせ』がどんなものになるのかを知りたい。それをもって、私を『格付け』しようということか」
結論。
「ウガロガの部下でしょうかね。リク君に『内通者』という言葉を漏らしたのは、本当に戦犯ですよ」
戦場でどのように立ち回るかというより。
そのめんどくさい戦場に立たざるを得なくなった『元凶』に、ビラベルは舌打ちした。




