第32話【エレノアSIDE】 『窓石商会』の監査
王都は広く、壁に囲まれている。
そして東西南北の四つしか門がない。
こういう設計の場合、門からも中心部からも遠い場所。要するに『王都の北東、北西、南東、南西』の四つは、アクセスが悪いため価値が下がる。
その中でも北東。
そこに、エレノアは抱えている兵士を連れて、監査に来ていた。
「殿下。帳簿を確認しましたが、特に怪しい点はないかと……」
「そう。とはいえ、取引を持ち掛ける側も、いずれ、私が監査に入ることを前提に話を進めるはず。帳簿くらいしっかりするのは当然よ」
「『対モンスター防壁計画』に関わる大口入金を確認。あの『特殊インク』も現物を見せてもらいました」
「関わっていた理由は?」
「大きなプロジェクトですし、周辺国からの諜報にも気を使う必要があるため、特殊インクを扱っていたという話でした」
「そのお金は今、どこに?」
「本人曰く、『本社がある本国の法律に基づき、すでに送金した』とのことです」
「……アイゼン伯爵が、法律の制定にも影響を与えるようになった時代、そういえば外国の商人に関する法律に手を加えていたけど、あれは『こういう場面』で上手く使えるようにするため。ということね」
エレノアは内心でため息をついた。
「ただ、『国防にも関わる自国の大規模プロジェクト』なのに、『他国の商会の製品を使っていた』という点は矛盾しか感じないけど?」
「それは……そうですが……」
他国からの諜報活動を考慮した結果として、『魔力不干渉のインク』を使うというのはまだいい。
ただ、それは『自国で開発されたもの』でなければ、構造的な問題がある。
魔力不干渉。というのは確かだろう。
しかし、インクの配合を変えることで、『特定の魔道具を使えば内容がわかる』となれば、インクを使っている意味が何もない。
このプロジェクトは、『国防に関わるレベルだから莫大な予算が流れる』という前提であり、国防というからには、自国の、しかも政府が作成・管理している物を使うべきだ。
「……まぁ、私ならそう聞かれたら、『機密の作業場で配合を変えた調整品にして、現場で使用している』と返すけど」
「自分で思いつくなら、何故『疑問』として口にしたんですか?」
「疑問として口に出したうえで、一瞬で答えにたどり着いたからよ」
「セルフの質問と回答で精度が高いなら、我々がいる意味って一体……」
「さぁ?」
「さぁって……」
「最近疲れてるでしょう。私の顔と体を見て目の保養にでもしてなさい」
「付き合いが長くて殿下をよく見ている『第二王女派』の我々にそれ言いますか?」
「別にいいでしょう」
「あの、殿下」
「何?」
「相当、性癖に刺さっていないと、何度も同じエロ本は手に取らないんですよ?」
「張り倒すぞ」
距離が近いというか、軽口をたたいているというか。
どちらかというと、『手詰まりになったからどうでもいいことを言っている』感じか。
「こういうのは、リク君を頼った方が早いかしら」
「どうでしょうか」
「もっとも、この店は、リク君が『黄昏の盟約の事情』で調査して見つけた場所。伝説レベルのクランなら、私たちなら想像もつかない能力を持った『諜報員』もいるはず。そっちにつながれば、『裏』を見つけるのも楽そうだけど」
「セルフの質疑応答が早すぎる」
エレノアは確かな頭脳の持ち主である。
とはいえ、そんな彼女も、本当に一人でいるときに、誰の反応もなく、頭が回るかとなれば、そうではないだろう。
だからこそ、『自分で答えを出している』という状況であるにもかかわらず、部下たちは苦笑するだけだ。
別に見ているだけでも綺麗だし。
「まぁ、その『外国の本社』なんてものが実在するのかどうか、それそのものが怪しいけれど、とりあえず、『窓石商会に監査を行っている』という事実があれば、とりあえず『戦場の設定』としては十分かしら」
「それはどういう……」
「監査に入り、『表だけは見た』……それを受けて、相手が何を考えるのか。そういうことを考えるのも『戦略』というものよ」
「あの、その部分、監査に入る前に教えてほしいんですが。殿下も割といきあたりばったりですよね?」
「悪い?」
「はい」
「でしょうね。私もそう思うわ」
エレノアは機嫌がよさそうで、部下はため息をついた。
第二王女派。
少なくとも、『貴族社会』としてみた時、曲者揃いなのは間違いないらしい。




