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第31話【伯爵SIDE】 やはり彼は、ヘクターの父親である。

 貴族派。といっても様々な派閥があるが、レオニス・フォン・アイゼン伯爵がトップとなる派閥を、【アイゼン伯爵派】と呼称しよう。


 この派閥において、最初の失態は、マルモン子爵による徴税失敗だ。


 300万枚以上の金貨を集めて、それを『砦の建設予算』という、『魔物に備える国防』という建前を持ったプロジェクトに全額突っ込む。

 実際に建設などほぼ進めず、様々な経費を通じて、派閥の貴族に流れ込むという仕組みだ。


 マルモン子爵が上手くいっていれば、リクがその数字を聞けば、『日本円だと大体2000億円』と判断するレベルのもの。


 というより、そもそも王国の一年の国家予算が『金貨4000万枚』と考えると、相当な大金だ。


 それが、『金貨10枚』しか持ってこなかった。

 リクの感覚だと、金貨1枚で6万円相当のため、およそ『60万円』。


 マルモン子爵が派閥から追い出されるのもよくわかる話であり……ここまでなら、レオニスとしても『致命的ではない』という判断だった。


 そもそも、この世界はモンスターを倒せば硬貨が手に入る。

 戦力を持っていればお金を稼ぐことは可能であり、伯爵家のため兵士を抱えているのだ。

 ダンジョンにでも放り込んで稼いでもらえば、問題はない。


「チッ、エレノアの監査か。随分忌々しい」


 ノートやポーションなど、リクの技術による高品質なアイテム。


 エレノアが『自分の派閥の中で、こういったものを生産し、市場に大量放出できる』と揺さぶったことで、『独占が揺らぐ』と思った派閥のメンバーが動揺している。


 その隙を突いて、『砦の建設』に関して、監査が入ってきた。

 ほとんど……いや、砦の建設そのものには、スズメの涙に劣るカネしか使われていないことは、監査が入ればわかる話だ。


 とはいえ……。


「突かれようと、そこはまだ問題ない。確かに、砦の建設に使っていないが、人件費やその他の経費に関しても、『金額に制約があるわけではない』のだ。というより、建設プロジェクトを立案したのは私だ。そんなめんどくさい制約。キックバック目的の法案に混ぜるわけないんだが」


 砦の建設という国防予算。

 ここに突っ込んだ上でキックバックを受け取るというのが、派閥としても大きな『収入』であり、そこに『エレノア傘下の監査』が入ってきた。


 突かれると痛いが、別に『違法性はない』のだ。


 というか、キックバックをしても違法性がないようにするプロジェクトをまとめて、提案して通したのがレオニスなのだ。


 正当性や倫理観に関しては確かに突かれるだろうが、問題ない。


「第二王女が一人で騒ごうと問題はない。『陛下が進めるべきだと決めたこと』に、王女が一人で難癖をつけるのには限度がある」


 莫大な金が動くプロジェクトゆえに、『国王の認可』が必要だ。

 ただ、当時の国王は、アイゼン伯爵派を無視するわけにはいかないほど、求心力がなかった。

 ……今もあるかと言われれば怪しいが、それはそれ。


「が……ここは問題だ」


 ノートやポーション。

 他にも、様々な『高品質な製品』がエレノアから提示されている。


 そのどれもが、この国に存在するギルドの『独占』を脅かす代物だ。


 製紙ギルド、錬金術ギルド、武具ギルド……貴族というのは、それらのギルドと癒着し、独占という名の権益を守り、分け合うことで、その力を盤石にしてきた。


 エレノアが提示した「爆弾」は、その構造そのものを、根底から破壊しかねない。


「……あの平民……リク、と言ったか。奴が、これら全てを作っている、と?」


 レオニスの思考が、初めて、金や政治といった「知っている戦場」から、未知の領域へと足を踏み入れる。

 彼は、これまで見向きもしなかった、息子ヘクターのパーティーに所属していたという、一人の平民の存在に、全神経を集中させていた。


「報告によれば、ヘクターナイツの運営コストは異常なまでに低かった。それは、あの少年が、消耗品のほとんどを『自作』していたからだ、と……」


 彼は、書斎の奥にある鍵付きの棚から、一つのファイルを引っ張り出す。

 それは、数ヶ月前まで、息子ヘクターから定期的に届けられていた、完璧な『貴族申告』の書類の束だった。

 かつて、息子が天才的な文官を懐刀にしたのだと、あるいは息子自身が覚醒したのだと、彼の胸を熱くさせた書類。


 しかし、今、その羊皮紙の一枚一枚が、彼の慢心を嘲笑うかのように、冷たい事実を突きつけてくる。


「この書類を仕上げた、確かな知性。そして、この『独占』を破壊する、革命的な技術力……まさか、これら全てが、たった一人の、17歳の平民の少年の中にあったと、いうのか……」


 そこがどうしても、レオニスには理解できない。


 貴族に必要なのは『独占』だ。

 そしてそれは、『自分たち以外が何かを開発していたら、邪魔したり横取りしたり、懐柔して取り込んだりする』ことで成り立つ。


 レオニスは、紙の作り方もポーションの作り方も知らない。が、別にそれは問題ではない。

 技術と社会が結びついたとき、『社会側の視点』でそれを制御し、体制側に組み込む。


 それができる確かな目を持っているからこそ、レオニスは一大派閥を築いた。


「黄昏の盟約という絶対的な戦力がバックにいて、エレノアとつながっている、『圧倒的な技術力を持つ少年』……クソッ、ヘクターがクランに入れている間に唾をつけるべきだったか……」


 こちら側に組み込めない。

 そして邪魔するのにも限度がある。


 こうした存在を取り込むとなれば、『自分たちが持つ綺麗な部分』を押し出しつつ、確かな報酬を与えて懐柔する。これがベストだ。

 いずれにせよ17歳なのだから、『若さ特有の立ち回り』がある。


 クリーンなイメージがあり、確かな権威を持つ存在から認められれば、『承認欲求が満たされる』ため、取り込みやすい。


 レオニスが得意とする『政治』や『貴族社会』において、平民の制御は簡単だ。


 しかし、『派閥として敵側に回れば、それを覆すのが困難であること』も理解している。


 これで敵が、男爵の集まりのような、彼からすれば『吹けば飛ぶような集団』であれば、何も怖くはない。


 だが、伝説と、王族。この二つとつながりがあるというのは、非常に崩すのが難しい。


「……まさか、このまま、私の牙城が崩れると? ……いや、そんなことはありえない。絶対にありえん!」


 強い言葉でごまかしはじめるレオニス。


 こうなったら終わりだ。

 アイゼン伯爵派は、あくまでも、彼のカリスマで成り立っている。


 そのトップである彼自身が、現実を無視し始めたら、終わりなのだ。

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