第30話 『高級ブランド活用型資金洗浄』
「俺は時々思うんですが、なんで王都にいる『高級ブランド』は、資金洗浄に付き合ってるんですかね?」
「……何か、つかんだの?」
生徒会室。
夜遅いが、明かりの魔道具で十分明るい部屋で、リクはエレノアの『調査』を手伝っていた。
ただ、エレノアとしてもリクの情報リテラシーに対して確信は持っていないのか、そこまで深い情報はない。
とはいえ、それにしても、『やらなければならない計算』はとんでもない量だ。
エレノアは『改革派』と称されるが、勢力としては新興であり、規模もまだまだ小さい。
加えて、エレノアのカリスマで保っているような状態であり、確かに王族……いや、貴族も含めてトップクラスの美貌とスタイルだが、それで誑かせる範囲には限度がある。
言い換えると、『任せられること』も少ないのだ。
そのため、『他にも王族としてやることがあるから、莫大な量の計算を処理してくれ』ということで、そろばんを弾きまくったわけである。
「……いや、個人的に調べてるところがありまして、そこが怪しいという話です」
リクも資料を取り出す。
名前としては『窓石商会』という店の資料だ。
「……高級文具?」
「そうです。この学校の購買部にも、ノート一冊で金貨2枚と言った、まぁふざけた価格の文具が売ってますが、あれも結構、ブランドを気にしてます。が、この『窓石商会』は、それよりももっと高額です」
「聞いたこともないわ」
「まぁ、聞いたことのない商会なんて、これからいくらでも出てくると思いますけど」
「それはそうね」
エレノアは書類をデスクに置いた。
そして、目を閉じて少し考える。
「……ねぇ、リク君」
「なんでしょう」
「この店にたどり着いたのって、『黄昏の盟約』の『何か』に絡んでる?」
「まぁそんなところです」
「あっさり認めるのね」
「取り繕う戦術をあらかじめ仕込んでいないのに、その場しのぎでアレコレ言うのは、小細工ではなく不細工です」
「カマをかけただけ。というのはわかってるわよね」
「当然です。ただ……俺の表情からほとんどわかるような人を相手に、腹の探り合いはしません」
「まぁ、潔いのは私にとって都合がいいとしておくわ。それに……『黄昏の盟約』が普段何をしているのか。そこには絶対にたどり着けないと思ってるでしょう?」
「それもありますね。そして、俺はこの学校の生徒であると同時に、『黄昏の盟約』の事務員です。必要な、やるべきことは俺にもいろいろある。それが学業と関係がなければ、『そっちを疑う』のは仕方がないことです」
「……」
エレノアは、リクが持ってきたそろばんを見る。
「まぁ、学業にも、あなたの趣味にも、引っかからなさそうと思ったのは事実よ」
「そうですか」
ちなみに、リクがすでに想定していることとして。
そもそもリクがビラベルを内通者と疑ったのは、『魔力干渉を防げる高級インクが大量に供給されているから』だ。
それが『窓石商会』であり、調べたらどうなるかと進めたら『なんか真っ黒っぽい』という判断になった。
ここまではリクの調査と足跡だが、エレノアが『窓石商会は学校にも関わっているのか』を一度でも調べたら、ビラベルにたどり着く可能性はある。
その奥にいるのは、悪霊という、物理攻撃も魔法攻撃も通じない敵だ。
そんな存在が、明確に『人間に対して害意を持っている』と知れ渡ったら、混乱は計り知れない。
どれほど、黄昏の盟約の成果を出しても、どれほど言葉を尽くそうと、『不安』や『恐怖』があれば、人は勝手に動く。
だからこそ、リクは、ビラベルと情報戦を推している中で、『間にいるヘクターにも明かしていない』し、ビラベルもヘクターに教えている様子はない。
あくまでも水面下でことを勧めようとする。
黄昏の盟約と悪霊は、『そういう戦場』だ。
エレノアが、そこまでたどり着けるかどうかは、別として。
「話を戻しましょう。この店が、貴族派の裏金作りに協力していると?」
「数字の動きの調査で外堀を埋めた結果ですかね。可能性は非常に高い」
「黄昏の盟約が関わるなら、ただの高級品とは思えない。何か、魔法効果を持つ文具を扱っているとか? ……ああ、資料に書かれてる『魔力干渉を遮断するインク』ね。これだけでも十分、戦いの道具として十分だけど、他にもそれっぽい文具を扱ってるのかも。金額なら氷山の一角かもしれないけど、ここの調査を深めて、あまり『おいたがすぎる』のなら、潰しましょうか。それで十分、アイツらの『神経網』を切れるはず」
「……」
悪霊、たどり着いちゃうかもしれない。
というより、リク程度の頭脳でも、きっかけさえあれば、『ビラベルが内通者』ということに気が付いたのだ。
エレノアのような、『裏を導き出す訓練と実践を積んでいる人』からすれば、たどり着く可能性は高い。
(リリアさんには言っておくか。しっかし、内通者の調査と、裏金の調査。ふたつがここで交わるとは……)
紛れもない傑物を前に、リクとしては内心で苦笑するしかない。
ただ、それはそれとして。
「……王都って狭いですね」
「……そうね、深くはあるけど、広くはないわ」
もちろん、王都の物理的な面積の話ではない。
その上で、『黄昏の盟約の事情』と『貴族派の裏金事情』が、こんなタイミングで重なるというのは、まさに、『王都が狭い』という比喩がいいだろう。
そして、それにうまく乗っかれるエレノアもエレノアである。




