第24話 リク、エレノアの前で正座
ノートもそうだが、『ビラベルが知りたい本質』からはズレた当たり障りのないものの情報を流している。
リクからすれば、『せめてこれくらいは見抜けるようになれ』という意識でやっているわけだが、情報を聞くたびに、ヘクターの顔色は悪くなっている。
ヘクターは今まで、リクにしっかり目を向けたことがなかった。
しかし、ビラベル先生から『リクを監視しろ』と言われたことで、なんでもいいから情報を持ち帰る必要がある。
そのすごさを理解しつつ。という前提付きだ。
もちろん、ビラベルからすると、『同じクランにいたのだから何か知っているだろう』という予測でヘクターに接触したのに、実際話してみたら何も知らないので愕然としたわけで。
他の、もっと能力がある人材をリクのスパイにする方が情報収集として役に立つかもしれないが、それはそれで別の問題が立ちはだかる。
というか、すでに、何人かスパイにしようとして失敗しているのだ。
理由は簡単で、スパイ活動というのは『敵意』を伴うため、『威圧』の対象になるのだ。
それゆえに、能力があるとビビりすぎてどうにもならない。
その点、ヘクターはスパイ活動がどれほど悪なのかわかっていないため、敵意がほとんど伴わない。
それはそれでどうなのかとビラベルも思うわけだが、とりあえず、使えるコマがヘクターしかしないのだ。
といった、妙なバランスで成り立っていた情報戦だが……。
「リク君」
「はい」
「あなたは自分が作ったものの価値をわかっているはず。そうよね?」
「もちろんです」
「でもね。ヘクターが、ビラベルが、それを少しでも漏らしたら、どうなるかわかってる? あなたが作ったノートを見たけどびっくりしたわ。王国の出版ギルドと製紙ギルドを、根底から破壊できるほどの『戦略級の経済兵器』なのよ。これ」
「おっしゃる通りです」
「あなたはヘクターにも自分の技術を明かしていなかった。それは、『ヘクターが誰かに自分の持ち物の凄さを自慢したら、さらに大きな何かに巻き込まれるから』という思いがあったはず」
「間違いありません」
「なら、なぜ、今回、ここまで明け透けに情報を渡しているのかしら?」
「……ヘクターに対して割り切れてなくて、『俺はこういう物を作ってまで貢献してたんだぞ』と、示したい気持ちがあったんだと思います」
「あなた、おもったよりクソガキね」
「返す言葉もございません」
リクは生徒会室で正座させられていた。
目の前にいるのは、顔は笑っているが青筋がビッキビキのエレノア生徒会長である。
Fカップでスタイルの良い、長いプラチナブロンドの美人が、笑っているのに笑っていない顔で威圧する。
正直、その道の人からすれば恍惚ものだろうが、リクはただ怒られているだけである。
「……それで? そのクソガキなりの自己顕示欲は、満たされたのかしら?」
エレノアは、冷え切った紅茶を一口飲むと、カップをソーサーに置く。
カチャリ、という音が、静まり返った生徒会室にやけに大きく響いた。
「……いえ。むしろ、自分の未熟さを痛感しました」
リクは、素直に頭を垂れる。
彼女の言う通りで、ヘクターに対して、そしてビラベルに対して、あまりに視野が狭かった。
情報戦という盤上で、相手の駒を一つ動かすことばかりに夢中になり、その駒が盤の外に与える影響を、全く考慮していなかった。
もちろん、この情報戦が、『閉じた戦場』であり、外に漏れることは、リクも、ビラベルも、そしてヘクターも想定していないことだ。
それは間違いないが、だからといって『今後』を考えるとよくない。
「分かっているならよろしいわ。リク君。あなたは、間違いなく天才よ。一つのシステムを理解し、最適化し、そして支配する能力は、紛れもなく優れている」
ふいに、エレノアの口調が、怒りから、冷徹な分析へと変わる。
「でも、あなたは『国』という、あまりに巨大で、非合理で、感情的なシステムをまだ知らない。あなたのその技術が、一つのギルドを潰し、一つの産業を興し、ひいては戦争の引き金にすらなり得るという『価値』を、あなたはまだ知らないの」
それは、為政者としての言葉だった。
「あなたのせいではないわ。あなたは今まで、誰とも『交渉』する必要がなかった。ただ、理不尽な命令を、完璧にこなすことだけを求められてきたのだから」
エレノアとしても、リクのこれまでに対して、理解は示す。
「加えて、黄昏の盟約という絶対の後ろ盾がある、多少の情報を漏らしたところで、あなたに危害が及ぶことはない……その指輪の存在も、あなたの意識を塗り替えるのには十分でしょう。ただし、その環境は、もう終わり」
エレノアはため息を押し殺しつつ、言った。
「人の社会で『情報戦』をするならば、それ相応の、バランス感覚が必要なの。あなたからみて、難しいのは承知だけどね」
技術革新と言える木工はともかく、『黄昏の盟約』がバックについているのは、紛れもなく『力』だ。
木工は自分で制御できるが、黄昏の盟約という絶対的な戦力は、リクにも全貌がわからない。
その状態でバランスを取るというのは非常に難しい。
そこは、エレノアも理解している。
「さて、説教は終わり。本題に入るけど、あなたが作ったというその『自家製ノート』……いくつか、ここに持ってきてくれるかしら」
「え? ああ、はい。構いませんが…」
「アイゼン伯爵派閥には、出版ギルドや製紙ギルドと癒着している人が多いの。『こんなノートを作ることができる』と提示するだけで、ハチの巣を突いたように驚くはず。混乱している間に、必要な部分に監査を突っ込むという計画よ」
「……えげつないですね」
「これくらいならまだかわいいものよ」
エレノアは、悪戯っぽく微笑んだ。
彼女は、リクの失策をただ咎めるだけではない。その失策すら、次の戦略のカードとして、即座に利用してみせる。
ノートの構造や製造方法までは、エレノアも理解できない。
しかし、それが持っている『社会的価値』さえわかれば、それは『政治』の手札になる。
前世を含めるとそこそこの年齢になるリクだが、そんな彼から見て、『この人、本当に18歳か?』と思うのだった。
ただ……。
(失策をすぐに利用できる。というのは、要するにアドリブ慣れしてるってことだよな。この人も割と行き当たりばったりなのか?)
「あなた、何か失礼なことを考えなかった?」
「そんなことはありません」
駆け引きに慣れていないので、すぐに顔に出るリクであった。




