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第21話【ヘクターSIDE】 脱落者

 リクがビラベルを内通者として疑い、その考察を深めている中。


 学校内で最大派閥と言える冒険者クラン、『ヘクターナイツ』は、まさに壊滅的と言って過言ではない。


「おい! このポーション代の領収書、お前の個人の買い物だろう! なぜパーティーの経費で申請している!」

「何を言うか! これは次の実習に備えるための予備だ! それより、君が買ったその無駄に豪華なマントこそ、経費には認められん!」


 リクがいた頃は、彼が全ての支出を『研究開発費』や『交際費』といった魔法の言葉で処理してくれていた。


 貴族は……というより、『権力者』とは、自分にとって都合のいいルールを作る。

 それらは、一般人は、調べないとわからない。

 全ては『申告制』であり、徴税する側が勝手にやってくれるわけではない。


 そして、その魔法の言葉を知っているリクがいなくなったことで、彼らの間では、醜い責任のなすりつけ合いが始まっている。


「クソッ、あの平民一人いないだけで、こんなことになるとは……」


 そしてヘクターもまた、この魔法の『迷宮』に迷い続けている。


 目の前にいるモンスターを倒すという、この世界においてもっとも『稼げる行為』しかしてこなかったのがヘクターだ。

 もちろん、彼の実力が確かだからこそ、『事務員がしっかりしているときは、確かな稼ぎがあった』と言える。


 もっとも、その仕事の価値を理解しなかったからこそ、リクは『特にためらいもなく出て行った』わけだが。


 そのリク自身、『ヘクターナイツ時代の激務が無駄ではなかったこと』は理解しているが、それとこれは話が別である。


「ヘクター様……申し上げにくいのですが、クランの資金が、底をつきかけています。リクがいた頃と比較して、ポーションや武具の修繕費といった運営コストが、今月は6倍以上に……」

「なにぃ!?」


 報告書は何とか、ほんとうに何とかできたらしい。

 ただし、それは『絶望が数字になる』ことに等しい。


 ポーションをはじめとした『ダンジョンで使う消耗品』に関しては、リクが木工で自作した機械で大部分を補い、高品質なものを低コストで生産していた。


 それらの機械は全てリクが完全自腹で作ったものであり、今も黄昏の盟約クランハウスの倉庫にある。


 しかし、それらが使えないとなれば、『他人が作った完成品』を使う必要がある。


 まだ時代は、機械を使った大量生産ではなく、職人の手作業が主流である。

 低コストで質の高い物を多く作るという『工業』の発想は、皆無ではないが少なくとも浸透していない。


 そのため、『完成品はそれ相応に、高価格』である。


 もっとも、冒険者というのは命を対価にするが自殺志願者ではないため、安全確保のために十分な用意をするものだ。

 ポーションが劣悪だと、治せる怪我も治らない。


 王都にある工房が作成、販売するポーションの価格は高いが、その性能に関しては担保している。


 そして。


 これは、『高価な完成品を買わなければならない』というだけではない。


 そもそも、『自給自足』とは、既得権益に喧嘩を売る行為なのだ。


 自分たちで作るよりも他所から買った方がいいから買う。

 それは経営戦略としてなにも間違っていないが、他者に依存する。

 もっとも、『相互依存』の関係が構築されていると、それが『裏切らない信用』につながるので、依存のすべてが悪いわけではない。


 ただ、これまで、ヘクターナイツはリクが『特に高価な消耗品』は自作していた。

 工房からすると、『どれだけ売り込みをかけても必要ないの一点張りだったのに、いまさら何言ってんだコイツ』という思いがあると同時に、備品を揃えていたのがリクの仕事だった故に、『価格交渉のやり方』もわからない。


 しかも、『代表であるヘクターは伯爵家の次男だが、親から見限られている』という情報もそこそこ広まっている。


 足元を見られる……というほど露骨ではないが、『無知を利用される』のは確かだ。


「はぁ。剣を握る手に力が入らない……」


 当然、そんな状態で、学業に力が入るわけがない。


 明日は大丈夫なのか、来月は大丈夫なのか。

 余裕が、希望があって、人は『どうでもいいこと』に目を向けられる。


 ヘクターは頭が特別いいわけではなく、学校で教わる座学の多くは、よくわかっていない。

 その上、自分が持つ剣術が確かなものであり、『ペンよりも剣の方が稼げる』という意識がある。


 教師が言っていることが、何一つ頭に入ってこない。


「リクのせいだ。リクがいれば……」


 戦闘訓練の授業。

 木製で作られた模造剣……もちろん、当たり所が悪ければ骨折くらいは普通にするものだが、それを授業中に訓練場で握りながら、ヘクターは愚痴る。


 だが、その刃がリクに向かうことはない。


 今、リクがいる場所とヘクターがいる場所は近い。

 実力があるヘクターが切りかかれば、5秒もかからず、その刃が届くくらいだ。

 というより、先ほど、『リクのせい』と口にしたことが、リクに聞こえているであろう距離。

 それほど近い。


 だが、物理的ではない距離が、あまりにも遠い。


「……チッ、まさに、虎の威を借りる狐か」


 リクが付けている指輪だ。

 小さな敵意には、小さな威圧をお返しするその指輪が、ヘクターの戦意を鈍らせる。


 この小さな指輪が一つあるだけで、学校内の高位貴族すらも、リクに正面から手出しできない。


「……ん?」


 リクから視線を外すと、他の生徒が模擬線をしている。


 ただ、動きは悪い。

 貴族の子供だからだろう。『魔法』があれば問題ないという風潮は確かになる。


 そして、その『魔法の素質』を磨けば、『固定砲台』として確かな性能になるのは間違いないのだ。

 言い換えると、『魔法の実習』ならまじめにやるが、『剣を使った実習』を舐めている者は多い。

 そして実際、『成績の評価項目』においても、剣より魔法の方が評価される傾向にある。


 そういう前提を考えれば、剣の模擬線に力が入らないのはわかる話だ。


 とはいえ、必要な動きを意識しながら、繰り返し反復練習を行うことで、『戦うための体』は出来上がる。


 このままでは、本人のためにならない。


「違う、馬鹿者! 剣士はもっと踏み込め! 盾役、お前の立ち位置が悪いから、後衛への射線ががら空きなんだ!」


 彼は、水を得た魚のように指示を出し始める。


 ……実技の教師を完全に無視しているが、その指示を受けた生徒たちは、確かに動きがよくなった。


 よくなったが……。


「しっかり意識しろよ。そんなんじゃ――」

「うるさいな」

「……えっ?」


 目の前にいるのは、子爵家あたりの子供だろうか。


 少なくとも、伯爵家の人間である自分に対する態度ではない。


「父さんが言ってたよ。今日の放課後、ヘクターナイツに徴税官がやってきて、『一般申告書』の多数の不備と過少申告疑惑で、200枚以上の金貨を納付するように言われるだろうってさ」

「はっ? ……き、金貨200枚以上!?」

「落ち目の人間から偉そうにされるいわれはないんですよ。それじゃ」


 ヘクターは、リクがクランにいる間は、紛れもなく『成功者』だった。


 しかし、今は脱落者という扱いである。


 ここから這い上がることはないだろうと一度でも思われたら、『舐められた』ら、もう、その人間に対して尊敬はない。


「く、ぐっ、くそっ!」


 悪態をつくヘクター。


 組織を束ねる人間にとって必要なのは、適切な評価をする努力だ。


 その努力をしていれば、それは人との関わりが欠かせないため、部下も、『評価できているかはともかく、しようとしていることは理解できる』のだ。


 その努力をしないことは罪ではない。


 ただし、それで必要な人材が抜けて、自分がひどい目に合ったとしても、それは自業自得である。

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