第18話【盟約SIDE】 内通者
「……リクは無事だったか」
「ええ、とりあえず必要な事だけ教えてもらって、少し休んでもらうことにした。今は、ベッドで寝てる」
「なら、どうするか、私たちで話す必要があるか」
リリアがロビーに入ったとき、ギデオンとヴァルフレアが帰っていた。
「まず間違いないのは、リク君が、ユグドラシルの枝を加工し、木刀を作ったこと。指輪を接続し、『威圧』を通したことじゃな」
「精霊力の残り香から察するに、ウガロガで間違いない……けど、アイツで良かったとは思う」
「ああ。戦闘力は悪霊としても下の方だが、『現実世界で存在を長時間保てる個体』で選出される『遠征部隊』の一員だ。もっと狡猾な奴や残忍な奴も多いことを考えれば、強さが『精霊術が込められた精霊石』に依存する奴だったからこそ、リク君でも『時間稼ぎになった』ともいえる」
物理攻撃も魔法攻撃も効かないのが悪霊であり、言い換えると、『倒して終わりにする』ことができないため、『何度か遭遇する』こともある。
ウガロガは三人にとって、『何度か見たことがある』のだろう。
「……しかし、ユグドラシルを加工できるとは、想定外じゃな」
「まだ、『現状維持』のつもりだった」
「うむ、ギデオンの参加から、貴族が徴税にやってくるようになったが、それまで3000年もの間、モグラたたきを続けていた。それを今まで通りにすることが、リク君のスカウトの理由だったが……」
人間が決めたルールに従わないこと。または人間に危害を加えること。
これによって、『人間贔屓』であるユグドラシルは、魔力の吸収を始める。
人間社会と距離を置いていたが、ギデオンが『伝説レベル』となり、引き入れない理由がなくなったため加入させたら、『とんでもないオマケ』が付いてきた。
人間社会とは関係のない活動をしてきたゆえに納税の必要がこれまでなかったが、そうもいかなくなった。
それを『今まで通りにする』ために、貴族という背景がない平民のリクをスカウトした。
それだけのことだったが、『ユグドラシルの加工』ができるとなると、話は大きく変わる。
「いずれにせよ、現場には投入できん。が……ワシらの武器を作ってもらうことは可能か」
「そうなる。そして、悪霊側も、それを想定してこれからの作戦を考えるはず」
「次の一手は、腹の探り合いになるか?」
「その上で、一つ、重要な情報がある」
「ん?」
「リク君が通っている学校。内通者がいるみたい」
「何?」
「そこからの情報で、リク君のこともわかっていたみたい。ただ、あくまでも事務員で、戦闘力は私たちが求める水準ではないことまでだけど」
「我々がわかっていた程度の情報。といって間違いはなさそうか」
内通者。
そもそも妙な話だ。
「悪霊たちは、世界樹の『魔力供給』を自分たちにするために、人間の殲滅活動を行っている。『人間』が、悪霊に手を貸すとは思えんがな」
「すべてを明かしていない可能性はある。それに、人を思い通りに動かすことそのものは難しくない」
「報酬、脅迫、どちらでも人は動くと考えると、確かにそうだ」
ただ、少し、妙な点はある。
「学校にいる内通者。という点でいうと、少し妙な点はあるがのう」
「どういうこと? ギデオン」
「悪霊たちにとって、作戦を進めるうえで厄介なのはワシらだけのはず。その上で、『悪霊側に流すに値する情報が学校にある』とは思えん」
「確かに、ただ、『どういう意味』で『学校の内通者』と言ったのかが気になる」
「学校にいる内通者……生徒なのか、教員なのか、外部の人間だが取引は敷地内ということなのか……」
学校の内通者。とはいうが、『そもそも学校に、黄昏の盟約の重要情報が入ってこないなら、内通者を置く意味はない』のだ。
現状、悪霊との陣取り合戦は水面下で行われており、悪霊側も自らの存在を明かしていない。
そして、悪霊の相手をしているのは、現在、黄昏の盟約のみである。
そもそも彼らでなければ火力が足りないからそうしているわけだ。
その上で内通者について考えるなら、『悪霊にとって重要な情報が集まる場所が学校だから、学校に内通者を送ろう』という話になるはず。
何故、学校に内通者を? となるわけだ。
いろいろわからないことは多いが、現状、『少なくとも内通者がいることは事実』であり、『情報の受け渡し場所が学校である』ということになる。
「……とりあえず、現状、ユグドラシルを加工できるのはリク君だけ。悪霊側もそれはわかっているはず。内通者を使って何をしてくるか」
「ふむ、『主戦場』がそこになる可能性はあるか」
ユグドラシルを加工することができ、武器として成立する物を作れるのは、3000年を生きるヴァルフレアから見ても革命的だ。
しかし同時に、リクにしか加工できないという、非常に大きな制約を抱えているということでもある。
リク本人は伝説レベルのリリアたちと比べて非常に脆い存在であり、悪霊側も作戦の幅は広くなる。
「もっとも厄介なのは、『敵側に圧倒的な強者がいる場合の戦略』という点において、悪霊側はノウハウを積み上げておる。黄昏の盟約は全員が強者だった故に、搦め手は得意ではない」
「確かにそこはそう。悪霊側も『強い個体』じゃなくて『現実世界で長く活動できる個体』が作戦に投入される都合上、『技術レベル』が作戦に大きく影響する。それらを推測するのはかなり困難」
「300年前、『悪霊軍』の上層部直轄に、技術部門として『三賢精』が設立されてから、随分、厄介になった」
強い存在が敵側にいることを前提に作戦を遂行するため、道具を開発している。
なんだかやっていることは人間と同じだが、そうであるがゆえに、『強者』であるリリアたちは、少々『作戦に対して勘が鈍る』のだ。
正面戦闘なら絶対に負けないが。
「その『厄介な部分』。ワシらが持つ戦闘力が最終的に解決力を持たぬ戦場というわけじゃな。内通者……いてもいなくても、結局、ゲートを斬り壊すだけだと思っておったが、そうもいかなくなるようじゃ」
ギデオンは内心でため息を押し殺した。
三人とも、『強者としての知性』という意味で、長く戦っている分は優れている。
しかし、『弱者としての知性』がない。
要するに……。
「なんというか……ビビるほどめんどくさい」
「同意じゃ」
「私もだ」
三人とも表情は変えないが、内心、魂の底からため息をついているのは事実である。




