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第17話 悪夢と目覚め

 この世界に絶対の存在がいないからこそ、相対主義であるべきだ。

 相対主義であるべきならば、神に祈ることなど何の意味もない。

 自分にできること、周囲の状況、その場で見ることができたことを軸に、『最適解』を導き出すしかない。


 その、はずだった。


 経営不振なのか、高価なものを売りはらったことがわかる広いオフィス。


 その中で大きな机に並べられた企画書。


 だが、社長は企画書を一切見ず、取り出したのはタロットカードだ。


 ちょっとしたおもちゃ屋で売られているようなものとは違う、海外製で、本格的な限定品。おそらく五万円はすると思う。


 まだ包装もピカピカで、買ってきたばかりであろうそれを開けて、デッキを混ぜる。


 ……社長が引いたカードは、十三番、『死神』の正位置だった。


 おそらく、本格的な絵師が描いたのだろう、迫力ある『死』がそこにあった。


 それを見た社長は、企画書を破く。

 一切読んでいない。

 この部屋に来てから、企画書を持ってきた青年は、世間の流行と自社の技術の可能性を説いていた。


 しかし、その思いは届くことはない。

 経営不振による不信感ですべてが見えなくなった社長には、正確な分析など何の意味もない。


 企画書は、ただの紙屑になり、なんの情報も持たなくなった。


 虚ろな目で、部屋を出る青年。

 彼もまた、周りの見えていない眼で廊下を歩き……階段に差し掛かったときだった。


『死神はこの会社に要らない』


 背中に衝撃。

 ビルの中にいて、訪れるはずのない浮遊感。

 階段に体が叩きつけら――


 ★


「っ!」


 リクは、自らの短い悲鳴で目を覚ました。

 心臓が、嫌な音を立てて脈打っている。ひたいには、びっしょりと冷たい汗。


「リク!」


 聞こえてきたのは、安堵に満ちた、リリアの声だった。


 見上げると、そこは冷たいオフィスの廊下ではなく、見慣れたクランハウスの自室の天井。


 自分はベッドに寝かされており、リリアが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「リリア、さん……悪霊たちは?」

「ええ、もう大丈夫。私がここに駆けつけた時、撤退してた。精霊力の残り香を考えるとウガロガだと思うけど、何も盗られていない」


 リリアは、リクの腹部を指さす。そこは、血を吹き出すほど傷があったにもかかわらず、もう、痛みもない。


「あなたの傷は、倉庫にあるポーションで全快した。でも、一歩間違えれば、本当に危なかった」

「……でしょうね」

「教えて、リク。どうして逃げなかったの? あなたは戦士じゃない。あなたの仕事は、生き残ることだったはず」


 真剣な問い。

 リクは、夢の残滓がこびりついた頭で、ゆっくりと言葉を探す。


「……最適解が、立ち向かうことだと思ったからです」


 それは、彼の口から出た、偽らざる第一声だった。


「本当は何も問題がなかったのかもしれない。ギデオンさんたちが持つ木片が、そう簡単に奪われるとは思えないし、そもそも屋敷に予備があったのかも、俺にはわからない……俺一人が逃げていても、きっと、大丈夫なようにはなっていたんだと思います」


 リリアは、黙って聞いている。


「逃げちゃだめだ、と思ったんじゃない。ただ、自分が『こうすべきだ』と思う最適解を選ばないと、後で、絶対に後悔すると思ったから」


 リクの視線が、ふと、遠くを見る。


「『今』、自分に何ができて、何をすべきか。そのために、必要な物を揃える。俺は、この十七年。そうやって生きてきました。俺にとって……」


 彼は、一度死んだ目で見た、あの光景を思い出す。

 論理が、理性が、ただの紙切れのように破り捨てられた、あの瞬間を。


「後悔は、先に決まるんですよ」


 その言葉に、リリアは息をのんだ。

 それは、ただの学生が口にするには、あまりにも重い哲学。

 悪い結果が出てから悔やむのではない。自分が正しいと信じる道を選ばなかった、その瞬間に、未来の自分の後悔は、すでに決定しているのだと、彼は言う。


「ウガロガを前にして、俺はいろんな情報が頭をめぐりました。ウガロガが嘘をついている様子はなかったけど、でも、俺があの場でできたのは、全てにおいて、『その場限りの想像』でしかない。そんなの、後で言い訳にしか使えない上に、実際使い物にはならない」


 あの場で、リクは……。


「結果を受け入れる覚悟。俺にできるのはそれだけです。だからこそ、『その場』で最適解が何なのか。考えた上で通さないって言うのは……」


 少し、苦笑しながら……。


「俺にも、『死ぬほど嫌なこと』ってあるんですよ」

「そう……」


 リクの独白。

 それを聞いたうえで、リリアは……。


「なら、確信した」

「え?」

「今のままなら、あなたを、『現場』に連れて行くことはない」

「……」

「あなたは今回、『予想もできない特殊な攻撃』を受けて、大きな傷を受けた。その上で、悪霊を撤退させたことは評価できる。でも……」


 リリアは、まっすぐ、リクを見る。


「『自覚』以外の武器を何も信用しない人が、戦いの場に来るべきじゃない」

「……ハハハ。『前』は、そこまで潔癖じゃなかったんですけどね」


 どんな状況であれど、自分が乗り越えるために必要な情報が全てそろうなどあり得ない。


 だからこそ、現場の直感というものがあり、それはどんな時代になろうと、一定の支持を得る。


 敵の情報を持っていなくても、自分が強いから敵を圧倒できる。

 それがリリアたちの自負であり、自信があることだ。


 ただ……リクの場合、自慢はできても自信がない。

 自分に何ができるのか、それを、相手の状況に合わせて必要なプレゼンができる。

 そもそも、自慢など、よくやっているものほど、『技術』であるとわかっている。


 だが、自信がない。


「ただ、今は、あなたが無事でよかった」

「……ありがとうございます」


 リリアに心配をかけた。


 後悔はしない。そういう可能性があるとわかっていたことだ。


 ただ、少し……心が痛い。

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