第16話 伝説不在。悪霊襲撃。
人型の異形。
そう呼んで間違いない存在が、およそ十体。
屋敷の正面玄関をぶち破って、ロビーに入ってきている。
「な、なんなんだ。お前たちは」
膝は震えている。
しかし、リクは『指輪』をつけている。
ヴァルフレアが『これをつけておけば問題ない』と太鼓判を押したアイテムであり。
目の前にいる存在が、リリアたちよりも明確に強さを感じないこと。
加えて、『彼らが言葉を発した』ということ。
異形ではあるが、人型で、しかも言葉を発するとなれば、緊急招集がすでに起動しているゆえに、クランメンバーが返ってくるまで、会話で時間稼ぎができれば問題ない。
リクは、そのように、直感的に動いたといえる。
「ん? おい、拠点は今、もぬけの殻ではなかったのか?」
リーダー格だろう。ひときわ大きな巨体の持ち主が、傍にいる異形に聞いている。
問われた方は、何かの紙束を取り出してペラペラめくると……。
「コイツは事務員だ。名前はリク。あの学校にいる『内通者』の情報と一致する。実力は足りないと言っていい。もっとも、あの『古竜』が、事務員に対して無策とは思えんが」
「なるほど」
おそらく、このクランに関する、異形たちが集めた資料。
その中に、リクが既に含まれているらしい。
そして、その『情報確認』をしている間、大型の異形は、自身と紙束を持つ者に、障壁魔法を展開している。
「な、なんなんだ。お前たちは」
結局質問の答えが得られていないため、リクは問う。
異形は、ニヤッと微笑んで……。
「なるほど、弱者を巻き込むのは徹底して避けたというわけか。神話への参加賞として答えてやろう。俺たちは『悪霊』だ。目的は、人類の殲滅」
「なっ……」
そんな、わかりやすく、人間に悪意を持つ存在がいるとは、想像もしていなかった。
「俺は第一遠征隊の隊長を務める、『ウガロガ』だ。ところで、ユグドラシル。という樹をしっているか? 小僧」
「いや、聞いたことは……」
「ほう……貴様が持っている武器の素材のことだ」
「何?」
リクは自分が握る木刀を見る。
次の瞬間、ウガロガの肉体が迫っており、その太い右足が振り上げられていた。
障壁が自動で展開し、リクを蹴りから守る。
完全に衝撃を受けとめたようで、ノックバックもない。
「むっ……」
「なっ……それっ!」
一瞬、何かを考えたウガロガだが、その隙に、リクは木刀を振る。
しかし、ウガロガは素早い動きで後退した。
「……チッ、指輪の障壁か。さっきからウザイ『威圧』が飛んでるのは、『魔法攻撃』判定だから俺たちに効かないとして、厄介なアイテムだ」
「な。何を言って……」
「本当に何も知らんらしいな。まぁ、まだ時間もあるし、転移魔法陣は初手で破壊したから、高速でこちらに走ってくるしか方法はない。まだ少し時間はあるから付き合ってやろう」
強者の余裕。
ウガロガは、傍にいる紙束を持つ個体に視線を向けた。
その個体からは、何枚かの紙が渡される。
「貴様のデータは……ほうほう、なかなか賢いようだな。そういうやつには、逆に『想定外のこと』を語ってやって混乱させる方がいい」
ウガロガは紙をポーチに突っ込むと、腰の鞘から剣を抜いた。
「端的に言うなら、俺たち悪霊は、『精霊世界』の存在だ。この現実世界に『世界の裂け目』から入ってくることが可能だが、定期的に精霊世界に戻る必要がある。そういう存在だ。人工的な裂け目である『ゲートの建造』を行うことで、活動範囲を増やすことが可能。そして……物理攻撃も、魔法攻撃も通用しない」
「そんな、めちゃくちゃな生物がいるわけない……」
「フフフッ、そして小僧。貴様が持つ『ユグドラシルの武器』……それだけが、悪霊に攻撃を通せるんだよ」
「!」
リクは木刀を強く握った。
「このクランのメンバーは、ユグドラシルの『木片』を持って現場に行く。だが、木片では『接続力』が足りず、ゲートの方に傷をつけるのも一苦労。悪霊には効果がない。そういうイタチごっこが続いてんのさ」
「……」
「で、ユグドラシルは『慈悲の大樹』とも称され、『最も弱い知的生命体』を贔屓する。この現実世界なら人間だ。人間を傷つける、またはルールを守らない『上位の知的生命体』から強制的に魔力を吸い上げ、人間に再分配する」
「だから、納税を……」
「そういうことだ。そして、この機能に逆らうことはできない。だが、黄昏の盟約は、ユグドラシルが持つ『どんな知的存在であっても接続を可能とする力』を利用し、攻撃を通そうと頑張ってるのさ」
「……」
リクは少し考えて……。
「お、おかしい。なら、俺を蹴ったお前は、魔力が吸い上げられるはずだ」
「残念、『悪霊』が使うのは、魔力ではなく『精霊力』……似て非なるエネルギーだ。もっとも、魔力も使おうと思えば使えるがな」
「……そうか」
「ん?」
「人間の殲滅……というより、『自分たちよりも弱い知的生命体』を滅ぼせば、自分たちが『最も弱い知的生命体』になる。慈悲の大樹の『魔力の提供先』を『自分たち』にするために、お前たちは人間を滅ぼそうとしてるってことか」
ウガロガは頬をぴくっと動かした。
「混乱させるはずが理解されちまうとは、データだけじゃわからんな」
ポーチに入れていた紙束を、持っていた異形に投げ返した。
「お前がきっちり混乱していれば、『大樹の武器』と『厄介な指輪』を持っていても、まともな作戦は建てられないと思ったが、まあいい」
ウガロガは、抜いた剣で……紙束を持つ部下の腹を貫いた。
「はっ? ……がっ!」
突如、リクの腹から、血が大量に噴き出る。
「あの剣聖どもだったら、普段から『特殊攻撃』から身を守る魔法をいくつも使ってるが、『指輪一つ』じゃ何の役にも立たんよ。小僧」
剣を部下から抜く。
その剣には一切の血が付いておらず、部下の腹にも傷はない。
「……あの、ウガロガ隊長。その方法、予備はないのでもうやらないでください」
「はぁ? いつもは五つ六つ、『魔法石』があるだろうが」
「嵩張るので拠点に……」
「……はぁ、まぁいいや」
軽口をたたくウガロガと部下。
それを前に、リクは、大量の汗を流して、右手で木刀を杖代わりにして倒れるのを防いで、左手で腹を抑える。
だが、血は止まらず、流れ続ける。
「なんだ。その指輪、障壁はあっても回復はねえのかよ」
「いえ、あの古竜の回復魔法は強すぎます。本人が直々に使うなら調整ができても、指輪では過剰回復で体が持ちません。その代わり、『障壁』の強度は本物。我々に貫通は不可能です」
「やっぱバケモンだな。あの伝説どもは」
ウガロガはリクを見る。
「なぁ小僧。その武器を手放すなら、今のお前に適した回復精霊術を使ってやる。どうだ?」
「は……放すわけが、ない……」
「血を出しすぎてもう立ってもいられねえだろうが、さっさと放して――」
ウガロガはリクの目を見る。
「……小僧」
それを見たウガロガの表情は変わった。
「その目、ガチで、『死ぬほど嫌いなこと』があるやつの目だ。お前は一体……」
「隊長、そろそろ、欠片を探しましょう。あの状態ならまともに動けません。欠片を全て探し終わるころには、出血多量で死ぬはずです。そうなれば、あの木刀は自ずと手から離れます。その時に拾えばいいはず」
「……そうだな」
ウガロガは、部下の方を向く。
「お前たち、欠片を探し出せ。こいつは無視だ。本当に何も知らされてねえだろうから、欠片の場所も知らんだろう」
「「「はっ!」」」
異形たちが踏み出した。
「……と」
「ん?」
「通さない」
リクは、右手の中指につけた指輪を外した。
「はっ?」
そのまま、木刀の柄頭にある、窪みに入れる。
「ハハッ……こんな窪み、いつ付けたかなぁ……」
リクは、木刀を、両手で持って振りかぶる。
「……マズイ! 全員伏せろ!」
ウガロガは理解したが、遅かった。
リクが木刀を振り下ろす。
もちろん、素人のリクが木刀を振り下ろしたところで、魔力は飛ばない。
遠くのものを斬ることはない。
飛んだのは……。
「うわああああああああああああああああああああああっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
威圧。
古竜ヴァルフレアが指輪の込めた『威圧』だ。
先ほど、『魔法攻撃だから通用しない』とウガロガは言った。
だが、『ユグドラシルの武器』が彼らに通るのなら。
指輪と接続すれば、威圧という魔法攻撃は、有効になる。
「ぐっ……」
ウガロガは、左腰の短剣の抜いて、足の甲に刺す。
気つけだ。
彼自身、汗は滝のように流れて、顔は青くなり、体が痙攣する。
攻撃が通じないということは、攻撃に対する免疫はほぼない。
そんな状態で、『精神を攻撃する威圧』が放たれたのだ。
むしろ、気絶していないだけ、彼の精神はすさまじい。
「くっ、そぉ……」
周囲をちらっと見て、確認する。
部下は全員が気絶している。
リクは……こちらも、先ほどの振り下ろしで全ての力を振り絞ったのか、倒れて動かない。
おそらく気絶しており……手から木刀が離れている。
(あれさえ奪えば……)
理性ではわかる。
だが……一度、粉々にされた心が、『立ち直るまでの時間』を求めている。
(あそこまで、移動できねぇ。しかも、ユグドラシルの欠片を探すには部下が足りねえ。アイツらが返ってくるまでに間に合わない。この場で俺が使えるのは……)
震える手で、ポーチを探る。
取り出したのは、一つの石だ。
(隊長が与えられる、『全員を強制撤退させる、精霊石』……これだけか)
木刀に威圧が接続されたことで、戦況がひっくり返った。
真実を語りすぎたか。
いや……。
(あの目……あの目ができる奴が、情報がない中で何もできないだなんて、あり得ねぇ。語ろうが、黙ってようが、きっと結果は同じだ)
奥歯をギリッとかみしめる。
(屋敷のカケラの強奪。そのために、陽動作戦まで行ったのに、肝心の俺が収穫ゼロとは……)
屈辱だ。
だが……。
(見事だ。少年)
精霊石を起動しつつ、ウガロガは、リクに賞賛を贈る。
ウガロガは、ユグドラシルの魔力供給を求める『上』からの命令に従い、人類の殲滅のために動いている。
それは間違いないが、別に、種族として戦闘力が劣る人間を、嘲るような性格ではない。
褒められる部分があるなら、普通に褒める。
それに、なにより。
(悪霊で最初の『敗者』が俺で、『勝者』がお前であることを、誇りに思う)
そんなことを思いながら、ウガロガたちは、屋敷から転移していった。




